醒めない夢


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(ヒジリ少尉?)

なぜ、そう思ったのか。
目の前の黒ずくめの男は体格が似ているだけで、髪も目も声も全くの別人だというのに、シグはこの男が所長の案内で室内に入って来た瞬間、真っ先にコウの姿を思い浮かべていた。




◆◆◆◆◆




月に一度のメンテナンスは、2日がかりで行われる。
心理テストに始まり愛撫による体温変化、完全に勃起するまでの反応時間、勃起から射精までの持続時間、射精後2回目の勃起までに要する時間、失神するまでに達した回数等を、肛門への挿入の有無や体位による違いを含めて計測・記録し、前回との差異を比較するのだ。

数値による記録だけではなく、表情の変化や声なども、音声付の動画で保存されていた。

煌々と照るライトの中で撮影機材に囲まれ、計測用の電極をつけられたシグは、実験室の冷たい床に全裸で這い、研究員たちに犯され続けるのが常であった。

基地の移転作業が開始された時点でシグは新たな責任者の専属となり、メンテナンスという名の陵辱からは解放されたはずだった。
しかし今、その責任者であるコウは本部からの緊急の呼び出しを受け基地を留守にしていた。

コウの出発を見届けるや、シグは留守を任された所長に呼び出され、実験室の中央に設置された簡易ベッドの上でカメラに向かって服を脱ぎ、両脚を開くよう指示されたのだ。

所長が極秘で提携している企業から要望のあった、クライアント向けの映像の撮影であった。




◆◆◆◆◆




「どうしました? カメラはもう回っていますから、始めていいんですよ?」

シグに指示を出しているのは明らかに基地とは無関係な、黒いスーツ姿の男であった。
言葉遣いこそ丁寧ではあったが、その無機質な声は冷たく、逆らう事を許さない厳しさがあった。

シグは小さな溜息をひとつつくと、上着のボタンを外し始めた。
コウが不在である以上所長の命令は絶対であり、その所長の許しを得た男の命令もまた、同様で
あった。

シグの動きに併せて次々と指示が出される。
上着の次はズボンを、下着を脱ぐ時は股間をカメラに突き出すように。

シグの手が下着の縁にかかった時、カメラのレンズがズームに切り替わる音が聞こえた。
ベッドの四辺に設置されたカメラは、指示を出すと同時に男が遠隔操作していた。
男の足元に置かれた大型のモニタには、徐々に露わになるシグのペニスが大写しになっているのであろう。その演出効果は、シグの裸を見慣れた研究員たちでも生唾を飲むほどだったらしい。

全裸になったシグが、男に指示されるまま両脚を大きく開き、まだ萎えたままのペニスを晒す。 一旦ペニスに焦点を合わせたカメラが、ゆっくりと舐めるように下から上へと移動した。

「ああ、いい表情ですね」

正面のカメラから顔を背け俯いたシグに満足そうな男の声がかかる。
背けた顔の先に置かれたカメラがシグの羞恥に耐える表情をあますことなく捉えていた。

「きれいな状態の後ろの穴も撮っておきましょうか。
四つん這いになって、カメラにお尻を向けてください。両手でちゃんと広げて見せてくださいね」

言われたとおりのポーズで突き出した尻の真ん中に、ひときわ明るい光が当てられた。
白熱灯のせいなのか、そこだけがやけに熱を感じてしまう。

なんの脈絡も無く次々と指示されるポーズは、どれも痴態と呼ぶにふさわしいものばかりだった。

もっと淫らに、もっと大胆に。

男の声とカメラ越しの視線が身体中に纏いつき瞬時の判断力を鈍らせてゆく。

ペニスを愛撫するのと同じ舌使いで濡らした自分の指を、開いた尻の中心に突き立てる。
奥まで届かぬもどかしさに腰が揺れ、シグのペニスが勃ち上がった。

膝立ちでペニスを扱くように言われた時には、もはや羞恥心など消えていた。
強められたライトの明かりが目眩を誘う。

モニタに映ったシグの身体は、実際よりもはるかに白く儚げに見えた。
周囲の男達の目つきが変わり、室内に淫靡な気配が漂い始めた。

シグの思考が身体の動きに追いついたのは、レンズに向かって己の精液を吐き出した後であった。自分の手のひらに残る白い液体を呆然と見詰めるシグの耳に乾いた拍手が響いた。

「素晴らしいパフォーマンスでしたよ。試作品だなんてもったいない。きちんと調教すれば、すぐにでも買い手がつくでしょうに」

シグのすぐ側までやってきた男はにっこりと微笑んでみせたが、その顔はどこか作り物じみていて何を考えているのか判らない不気味さがあった。

「試作品…って、何のこと…ですか? 調教って一体…」
「おやおや、余計な事を言ってしまったようですね」

仮面のような笑顔を崩さず屈みこんだ男は、手袋をはめたままの手で、シグの乳首をつまみあげた。

「あッ!」

思わず上がったシグの声に、男は満足そうに頷いた。

「声もいい。次はその声をたっぷりと録らせてもらいますからね」

男は笑顔と共に透明な液体の入ったペットボトルを差し出した。

「ライトの熱で喉が渇いているでしょう? 今のうちにコレを飲んで喉を潤しておいてください」
「え? で、でも…」
「休憩をとりましょうと言っているんですよ。それともこのまま続けますか? 次は本番ですよ?」
「本番って…」
「飲みなさい」

男の目がすっと細められたのを見たシグは、背筋にぞくりとするものを感じながら、おそるおそるペットボトルの中身を口にした。
透明な液体は蒸留水のように味も素っ気も無かったが、呑み込むと同時に体内に吸収されていくような不思議な感覚であった。目を閉じ、残りを一息に喉の奥に流し込む。
男の口元に一瞬にやりと小さな笑みが浮かんで消えた。

男は着ていたスーツの上着を脱ぐとシグの肩に着せ掛け立ち上がった。
腕時計に視線を走らせると、研究員たちに目配せし、何かを取りに行かせている。

上着を脱いで露わになったYシャツ越しの身体のラインが、見慣れた人の背中とだぶる。
肩に掛けられた上着から微かに香る煙草の匂いも嗅ぎ慣れたものだった。
初対面であろう研究員たちを顎で使い、文句を言わせないその手腕にも覚えがあった。

「…少…尉?」

最初に感じた疑問を口にする。
間近で見れば見るほど別人だと思うのに、ふとした仕草にコウを感じた。

「何か言いましたか?」

シグの声を聞いた男が訝しげに振り返る。
見下すような冷たい視線に、シグは、有り得ない、と自分の疑問を否定した。
他者の上に立つ人物というのは皆、どこかしら似たような気配を纏うものなのかもしれない。
所長の態度を見ても、この男が単なる使い走りなどではない事は明白であった。

「ではお手洗いを済ませてから、本番の撮影に入りましょうか」

男の言葉に、シグは内心ほっとして立ち上がった。
どういうわけか、先ほどから少しずつ尿意が強くなってきていたのだ。
我慢できないほどではないが、行為の最中にもよおさないとは限らない。
トイレに行かせてもらえるのは正直言ってありがたかった。

「どこへ行くつもりですか?」

上着を返し、トイレに向かおうとしたシグの腕を男が掴んで引き止めた。

「ココで、済ませるんですよ。前も…後ろもね」

ベッドの脇に運び込まれたワゴンには、腸内洗浄に使われる器具が並べられていた。





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