お終いの街3


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「よっと」

 くり抜いた床石が下に激突する直前に、焔はラセンの少年を抱えたままで脇へと飛び降りた。

「……なんだ……ここは」

 下にも部屋がある事を確認した上で床石をくり抜いた焔であったが、今まで居た盟約の間とのあまりの違いに驚きを隠せなかった。

 近代的な建物を思わせる無機質な床と壁。
 壁自体が放つ淡い光が室内を照らし、目が慣れさえすれば、部屋の隅まで見渡すことができた。
 壁面の一部に、高さ1mほどのカプセルが並べられている。
 興味を惹かれた焔は手近な一つを覗き込み、眉を顰めた。

「木人(もくじん)……じゃねぇなぁ」

 カプセルの中では、ヒトの頭部と胴体を持ち、四肢が植物という物体が干からびていた。

「ヒトから木が生えてんのか、木からヒトが生えてんのか、どっちかわかんねぇ……ん?」

 隣のカプセルも確かめようと顔を上げた瞬間、視界の端に影が差した。
 慌てて身を翻すと、胴に蔓を巻きつけたラセンの少年が、焔の目の高さで揺れていた。

「お前なにやっ……って、うを!?」

 天井から触手のように伸びてきた一本の蔓が、焔の身体を腕ごと絡めとる。
 少年のように吊り上げられるかと思いきや、蔓は焔の動きを封じただけでその動きを止めた。

「くっそ、なんだってんだ……っ痛ぅ!」
「あ、動くと締まっちゃうので、痛いですよ!」
「誰だっ!?」

 いつの間に現われたのか、向かいの壁を背にして緑の髪の少年が立っていた。

「初めまして。僕『レプリカ』のグリンって言います」

 グリンと名乗った少年はぺこりとお辞儀をすると、間近に駆け寄り焔を見上げた。

「その耳……。焔さんって、純血種の魔族の方だったんですねっ!」
「なんで俺の名前……」
「いいなぁ、かっこいいなぁ」

 ひたすらうっとりとした眼差しで焔の耳を見つめ、グリンは溜息をついた。
 その表情から察するに、焔の問いが聞こえているとは思えない。

「聞けよ、オイ!」
「はい、なんでしょう?」

 案の定、今初めて声が届いたようにこちらを向いた青紫の瞳に、焔はがくりと肩を落とした。

「いや、だから……」
「はい?」

 邪気の無い目できょとんと見つめられ、焔は最初の問いを諦めた。

「グリンっつったっけ? これ、お前がやってんのか?」

 焔は蔓の巻きついた自分の身体を、グリンのほうに突き出すように捩ってみせた。
 途端に蔓がぎゅっと締まり、一瞬焔の呼吸が詰まる。

「ぐはっ!」
「ああっ! 動いちゃ駄目ですってば! じっとしててください。少し緩めますから!」
「できれば解いてくれるとすげぇ嬉しい」
「それはできません」

 涙目で訴える焔の要望を、グリンはにっこりきっぱり断った。

「ま、ご主人様の言いつけじゃ、しょうがねぇか」

 焔とて『レプリカ』がヒトに仕えるためだけに生み出された奴隷種だという事くらいは知っていた。
 捕縛を命じた彼の主人が現われるまで、拘束が解かれる事はないのだろう。

 それでもせめて座れるようにと蔓の長さを調節してくれたグリンに、焔は屈託の無い笑みを向けた。
 遠慮なく胡坐をかいてどっかり腰を下ろすと、グリンが正面にちょこんと正座し、頭を下げた。

「ごめんなさい」
「気にすんなって! それよりアイツも下ろしてやってくんねぇか?」

 緩めてくれたおかげでいくらか動かせるようになった指先で、ラセンの少年のぶら下がっている辺りを指し示す。

「それは構いませんけど……」
「ん?」
「えっと……なんかアレ、気に入っちゃってるみたいなんですけど……」
「はぁ?」

 グリンの指差す方にぐるりと顔をめぐらすと、ラセンの少年は両の手足をばたつかせながら、ゆらゆらと揺れていた。少年が空っぽだと知らないグリンに遊んでいるように見えるのも無理は無い。

 確かにいつになく楽しそうに見えなくも無いが、吊られて揺れたくらいで、楽しいという感情が芽生えるわけでもないだろう。

「締め付けられて暴れてんじゃねぇの?」
「違います! あんな小さな子にそんなことしませんってば!」
「小さな子って……」

 焔から見ればグリンも充分“小さな子”の部類に入る。背格好など大差が無いし、ころころと変わる表情を見ていると、むしろグリンのほうが小さな子と呼ぶにふさわしい。

 そんな焔の内心を察したのか、グリンの頬がぷうと膨れた。

「今、僕だって子供のクセにとか思ったでしょう!」
「ま、ちーっとだけな」
「もーっ!」
「ははっ。わりぃ、わりぃ」

 笑いながら身を捩ってみても、先ほどのように蔓が締まる事は無い。
 ラセンの少年も、しばらくはあのまままにしておいても問題はなさそうだった。
 ならばと焔は、素直に捕らわれの身に甘んじる事にした。

 力押しで逃げ出す事もできそうだったが、縛を解いてしまったら、グリンが主人に罰を受けるかもしれない。そう思うと積極的に逃げ出す気にはなれなかったし、もう少しグリンと話していたい気持ちもあった。

 焔は自分の言葉に、仕草に、グリンが反応を示してくれるのが嬉しかった。
 怒ってみたり笑ってみたり、純血種の魔族が珍しいのか、まじまじと見つめてきたりもする。
 他愛の無い言葉のやりとりが、ひどく新鮮で心地良く感じられた。

「だったら僕が子供じゃないって証明して見せます!」
「はあ? 毛も生えてなさそうなガキんちょのくせに、どうやって証明すんだ?」
「せっくす」

 口先だけのやりとりだろうと高を括って応じてみれば、これ以外に無いと言わんばかりにさらりと返され、焔は目が点になった。

「オイオイオイ。いくら『レプリカ』だからって……」
「何言ってるんです? 『レプリカ』だからするんじゃないですか」
「え? 『レプリカ』ってそういう……アレな存在なわけ?」
「他のお仕事をすることもありますけど、ベッドでのお勤めはデフォルトですよ?」
「……マジで?」
「はい!」

 至極当然と言った顔でこっくりと頷かれ、焔は何も言えなくなった。確かに性奴隷として作られる『レプリカ』もいるのだろうなと思ってはいたが、まさかすべての『レプリカ』にそれが義務付けられているとは思わなかった。

「というわけで、僕が子供じゃないとこ、お見せしまーっす」

 満面の笑みでにじり寄られ、思わず腰が引ける。
 と、背後の蔓がふいに縮まり、膝が床に付きそうで付かない半端な高さに吊り上げられた。

「うわぁっ!?」

 股間にするりと近寄ったグリンが、嬉々として焔のズボンのベルトに手を掛ける。
 カチャカチャと音を立てているのはわざとだろう。
 ホックを外しジッパーを下ろすと、下着もろともずるりと引き下げ焔のペニスを剥き出しにした。

「ちょっ! 手際が良過ぎんだろっ!」
「だってプロですもーん」
「プロですもーん、ってコラ! 撫でるな! 揉むな! しゃぶ……うっ……はうっ!」

 いきなり感じた生暖かい舌の感触に腰が震え、焔は頓狂な声を上げた。
 即座に勃ち上がってしまった己のペニスの、節操の無さがうらめしい。
 足裏を床につけようともがいてみたが、下ろされたズボンが邪魔で腰が無様に揺れただけだった。

「くっ……ヤバ過ぎだろ、お前……」

 中の玉を転がすように揉まれた袋がきゅうと締まり、咥え込まれたペニスが跳ねる。
 先端を吸われる度に背筋を駆ける、ぞくぞくとした快感がたまらない。
 鈴口を小さな舌先で抉られ、尻の筋肉がびくりと攣れた。

「……っ、は……マジ、かよ……クラクラすっぞ」

 軽口を叩く余裕が消えてゆく。
 プロだと自称するだけあって、舌も指も淫らに巧い。
 一気に煽られ達かされるかと思っていたが、なかなかどうして焦らしてくれる。

 絶頂へと向かう扉が目の前にあるのに届かない。
 全力で蹴破り駆け上りたいのに、踏み込むタイミングがつかめない。

「うぁ……もう……勘、弁……すげぇいいけど……」

 両手でグリンの頭を押さえつけ、思い切り腰を打ち付けたい衝動が渦を巻く。
 拘束されていなければ、理性の箍などとっくに外れていただろう。
 蔓に巻き付かれている部分の皮膚が、徐々に温度を上げ始めていた。
 このままでは蔓を焼き切り、力任せにグリンを犯してしまいかねない。

「達かせてくれ……でないと、抑えが……たの、む……」
「焔さん?」

 焔の声の変化に気付いたグリンが、愛撫の手を止め顔を上げた。
 何かを燻すような匂いが鼻腔をくすぐり、慌てて立ち上る。

「なんか、焦げてません、か?」
「あんま良過ぎて、暴走寸前。……マジで火ぃ吹きそう」
「ええっ!?」
「だからそろそろ……」

 なけなしの理性を総動員させた焔は、間近になったグリンの耳元に唇を寄せぼそりと呟いた。

「お前の口ン中、ぶちまけさせてくんねぇ?」
「ッ!」

 甘く掠れた声で囁かれ、グリンの頬が真っ赤に染まる。
 当初の目的を忘れこくこくと頷いたグリンは、いそいそと焔のペニスを口内深く咥え込んだ。

「うっはッ! すっげ、イイ……すぐ出ちまいそう」

 焔の言葉に煽られ、グリンの動きが早くなる。
 小さな口をいっぱいに広げ、血管が浮き出るほどかちかちに張りつめた焔のペニスを唇で扱く。
 ぴっちりと包み込んでの、頬がへこむほどの強い吸引は、焔を一気に高みへと導いた。

「はあっ、ああっ……イ、くっ! んっ! んんんーッ!!」

 一度では出しきれず、二度三度と戦慄き吐き出す全てを、グリンはむせ返りながらも飲み込んだ。
 けほけほと咳き込むグリンに、焔は申し訳なさそうに言葉を掛けた。

「わりぃ……結構溜まってたから、濃かったろ? 俺の荷物に水入ってっから」
「あ、ありがとうございます。でも大丈夫ですから」

 水は大事にしてくださいと言いながら、下着とズボンを元に戻してくれる。
 久々に感じた快楽の充実感に、焔はグリンの言葉を認めざるを得なかった。

「ごちそうさまでしたっ」
「ハイ、お粗末サマでした……ってお前なぁ」

 焔の股間にぱんと柏手を打って頭を下げたグリンに恐れ入る。が、喉元を押さえて咳払いを繰り返す様子を見ると、相当溜め込んでいたという自覚があるだけに、全部飲むのは結構な苦行だったろうと思う。

「やっぱノド、にがにがしてんだろ。水飲め、水」
「え、でも……」
「んじゃ、俺が飲む。取ってくれ」
「は、はいっ!」

 手早く荷物を漁りペットボトルを差し出すグリンに、焔は口の端をにやりと引き上げた。

「口うつし希望」
「えええっ!?」
「俺、両手使えねーもん。それとも解いてくれんの?」
「それはできませんっ」
「だろだろ? あ、俺自分の味が混じるのヤだから、口ゆすいでからくれな」
「それって……」

 焔が自分に水を飲ませるために口移しを要求していると気付いたグリンの頬が、再び染まる。
 グリンの中で焔への好感度が、一足飛びに跳ね上がった。

 感動の面持ちでペットボトルを握り締めるグリンに、焔の眉尻が下がる。

「かわいいなぁ。グリンは」
「えっ? ああありがとうございますっ! で、でも僕にはご主人様が、あの」
「わーかってるって。褒めてるだけだから安心しな」

 口説きゃしねぇよと笑顔で言われ、グリンの頬がますます赤味を帯びた。

「あっ! お、お水ですよね!」

 にやけた笑みを貼り付けた焔の視線をうけながら、ペットボトルに口をつける。
 最初の一口は言われた通りに口内をゆすぎながら飲み込んだ。
 次の一口を含んで焔へとそっと顔を近づける。

 焔の笑みがふわりと柔かな微笑みに変わり、唇が薄く開かれたその瞬間――

「ぶっ!」

 焔の横面に、靴が飛んできた。

「っ! あ、飲んじゃった……って、焔さんだいじょ……うわっ!」

 焔の頬に触れようとするグリンの手を阻むように、再び靴が飛んでくる。
 グリンが慌てて手を引っ込めた結果、靴はまたもや焔の横面にヒットした。

「……だ、大丈夫です、か?」

 飛んできた靴は、ラセンの少年のものであった。
 グリンは焔とラセンの少年を交互に見やり、とまどいを隠せない。
 焔に近付こうとすると、少年の殺気にも似た鋭い視線が突き刺さってくるのだ。
 口でしていた時には、何の反応も示していなかったというのに。

「わりぃ、あいつ、下ろしてやって。ぶらさがってんのに飽きたみてぇ」
「は、はい」

 焔はどうやら、退屈しのぎに脱ぎ捨てた靴がたまたま当たったと思っているようであったが、グリンには警告のように思えてならなかった。なにしろこの手の視線には覚えがある。

(コウ様レベルのヤキモチ焼きさんなのかなぁ……)

 内心うわぁと溜息をつきながら、そっと少年を床に下ろし、拘束を解く。
 焔の注意を逸らす為に吊り上げただけで、少年の自由を奪えと言う指示は受けていなかった。

 自由になった少年はグリンには見向きもせずに焔へと駆け寄ろうとしたが、脱げかけた自分の靴下を踏みつけ、派手な音と共に床に突っ伏した。

「なにやってんだ!」

 グリンが駆け寄るよりも早く、焔の膝がスライディングで少年の脇へと滑り込む。
 安否を気遣う焔の声に少年はむくりと顔を上げたが、そこには何の表情も表れてはいなかった。
 あまりのギャップに思わず声を上げそうになったグリンは、慌てて言葉を飲み込んだ。

(……え? なんで?)

 さきほど感じた、威嚇しているとしか思えない鋭い視線はどこへ消えたのか。
 少年は虚ろな瞳をグリンから焔へと流し、そのまま焔の胸元にふらりともたれかかる。
 倒れた時に床に打ち付け擦りむいたのだろう、額が赤くなっていた。

「あーあーあー。デコ赤くなってんじゃねーか」

 焔の言葉にも何の反応も示さず、少年は焔に巻きついている蔓をじっと見た。
 やがておもむろに蔓に手を掛け、あんぐりと口を開けると、ためらうことなく歯を立てた。

「うわっ、んなもん食うな! グリン、パン出してくれ、パン!」

 グリンには、少年は焔の拘束を解こうとしているように思えるのだが、焔の解釈は違うらしい。

「……おなか空いてるの?」

 グリンが半信半疑でパンを差し出してみても、少年は一瞥しただけでぷいと顔を逸らす。

「一口サイズにちぎって、俺の口ん中入れて」
「え?」
「いいからいいから」

 言われた通りにパンをちぎり、焔の口へと放り込む。
 焔は2,3度軽く咀嚼し、少年の目の前に口元を寄せた。
 少年の唇が薄く開き、吸い寄せられるように焔の唇と重なった。

 恋人同士と見るには甘さが足りないが、親子のような間柄と見るには、艶かしすぎる光景であった。

 呆気に取られて眺めていると、少年の視線がこちらに向いた。
 細められた瞳には挑むような光が宿り、口元に勝ち誇ったような笑みが一瞬浮かぶ。

「あーーっっ!!」

 思わず上げてしまった大声に、焔が不思議そうに顔を上げた。

「あ、これか? こいつ時々食い方忘れちまうんだよ」
「は?」
「や、こいつ、ナリはそこそこ育ってっけど、中身は赤んぼみたいなもんだからさ」
「そ……うなんです、か」

 手が掛かるんだよなと言いながらも、どこか嬉しそうな焔に、グリンは言葉を濁して頷いた。

(い、言えない……。猫かぶってるだけなんて絶対言えない……)




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