「はぁッ……はッ……あ……あぁ……」
コウが睨み据えた天井の先――
白装束の一団が「盟約の間」と呼んだ部屋では、淫猥な儀式が始められていた。
部屋の中心を陣取るように置かれたキングサイズのエアマットは、さしずめ祭壇の代わりだろうか。簡易ベッドにしか見えないそこには白いシーツが敷かれ、中央に横たえられた少年が白い裸体をくねらせ、取り囲むように並んだ男たちの視線を浴びながら一人、身悶えていた。
「ッふ……は……んぁ……はぅ」
シーツに広がる髪は肩口ほどの長さだろうか。毛先の不揃いな黒い髪は、光の加減で蒼にも見えた。
乱れた髪の間からは小ぶりではあるが、純血種の証である形良く尖った耳が見える。
時折開かれる瞼の隙間に見える瞳は翡翠色であったが、そこには意思の光も金色の煌きも無かった。
アバラが浮き出るほどに痩せた白い身体が陸に上がった魚のようにびくびくと跳ねる。
だらしなく広げられた両脚の間からは、屹立したペニスと肛門に挿入された無粋な玩具が見えた。
コードの付いた電動式のソレはすでにスイッチがオンになっているらしく、くぐもったモーター音がもれ聞こえていた。シグが言い淀んだ音の正体がコレであった。
快楽の極まりの瞬間が近いのか、吐息混じりの喘ぎが徐々に短く、上ずり詰まったものへと変わる。
「ふぁっ! ああッ! アッアッ……ンンッ!」
玩具を締め付けさらなる刺激で絶頂を迎えようと身を捩る少年の膝を、毛むくじゃらの無骨な手が掴み、割り開いた。
「んあああッ!?」
「そろそろいいようだな」
一団を先導してきた男が言葉と共に股間を覗き込む。
男は甲から指の背まで毛の生えた手で白く滑らかな太ももの内側を撫でさすりながら、少年のペニスの戦慄きを満足気に見つめ周囲の男たちに目配せをした。
衣擦れの音と共に床に衣服が脱ぎ捨てられてゆく。
あらかじめ決められていたかのように順繰りに裸になった男たちは、祭壇代わりのマットに上がると少年の四肢をそれぞれが押さえつけていった。少年の身体が固定されると先導役の男がおもむろに裸になり、少年の股間へとにじり寄った。
荷を運んできた男がマント姿のままでマットの周囲の床に香炉を並べ、火をくべて回る。
薄紫の煙がのたりと立ち昇り、天井にまで届いたそれはゆらゆらとベールのように下りてきた。
煙が床へと戻ってきても彼はフードもとらず、役目は終えたとばかりに壁に背を預け気配を消した。
一行をここまで先導してきた男は儀式においても主導権を握っているらしく、彼以外の者が言葉を発することは無い。ただ黙々と彼の命じるままに、腕を押さえた者は少年の乳首に舌を這わせ、脚を広げた者は屹立したペニスの根元を縛り付け、差し込んであった玩具を引き抜いた。
「ッ!?」
絶頂を堰き止められた少年の身体がびくんと跳ねる。堰き止められたまま与えられる刺激に絶えかねたのか、盛りのついた獣のような声が部屋中に響いた。
「ッア、アウッ! アアアアアッ!!」
快楽を求めるように少年の腰が揺れると、股間に陣取る男の口元に満足気な笑みが浮かんだ。
「存分に我が精をお受け取り下さい」
言うなり男は自分のペニスを少年の肛門に衝き立て、覆いかぶさりながら奥まで捻じ込んだ。
「おおお……素晴らしい……」
挿入が果たされたと同時に離れた周囲の者たちは、漏らさぬ程度に己のペニスを宥めながら、少年の中に精を注ぐべく腰を振る男に、羨望の眼差しを向けていた。
「ンッ、はッ、はぁ……んんッ……」
少年の声に再び色が宿り、男の腰の動きに合わせ、鼻に掛かった喘ぎが甘えるように漏れだした。
時折開く瞳は虚ろなままであったが、その虹彩には変化が現われ始めていた。
少年が甘い喘ぎで身悶えるたびに虹彩に金色が宿り、その輝きは快楽に比例して強くなっていった。
投げ出されていた四肢が絶頂を誘うように男の首に腰に絡みつく。
「なんという至福……ッ! おお、おお、おおうっ!!」
男の尻がぶるりと震え、少年の背が弓なりに反った。
己の精を吐き出した男は余韻に浸る間もなく繋がりをとくと、いそいそと少年の股間に顔を埋め、根元の戒めを解きながら頬張るようにペニスを咥え込んだ。
「ッ!? アアウッ!? アッ! アッ! アアアアアアッ!!」
己の精を注いだ分だけ少年の精を吸い取ろうとでもするように、男は頬をすぼめてひたすら少年のペニスを吸い上げた。すでに臨海に達していた少年は強すぎる刺激になす術も無く、導かれるままに絶頂を迎え男の咥内に吐精して果てた。
下肢をわずかに痙攣させながら荒い呼吸を繰り返す少年の瞳は、金色の輝きを保ったまま、虚ろに天井を眺めていた。
男が満ち足りた表情でマットから下りると同時に周囲の男たちが少年に群がった。
全身への愛撫が再開され、ペニスが反応を示すと戒める。
男たちは一人ずつ、少年の体内に精を放った後に戒めを解き、少年の精を呑み込む事を繰り返した。
最後の一人が恍惚とした表情で崩れ落ちるようにマットから下りても、少年の喘ぎはやまなかった。
まるで五人の男の放った精が体内を陵辱し続けているかのように、少年の身体は戦慄いていた。
与えられた快楽を反芻するように、白い指先が肌に残る赤い痕をなぞる。
乳首をつまみ下腹を撫で、己のペニスを握りこむ姿は、自慰に没頭しているのだろうか。
時折こぼれる甘い吐息は、男たちと交わっている時よりも遥かに深い快楽を得ているようで、唇の端をかすかに引き上げた表情が、微笑みを浮かべているようにも見えた。
やがてゆるやかに上下に扱かれたペニスの先端から、わずかばかりの白い液体がとろりとこぼれ落ちると、少年は細く息を吐いて動きを止めた。ぼんやりと彷徨う瞳からはすでに金の光は消え失せ、笑みが浮かんだように見えていたその顔も、今は何の感情も表わしてはいなかった。
壁際で気配を消していた男がすぐ脇に立ちマントを脱いでも、少年は何の反応も示さなかった。
萎えたペニスを隠しもせず、そこかしこに紅い吸い痕を残した白い身体はだらりと伸びたまま。
男の視線が痛ましそうに揺れ、憤怒の表情が一瞬よぎる。
「儀式は終わりだ。ゆっくり休め」
男は脱いだマントを少年の身体にかけると、乱れた前髪を梳くように撫でて直してやった。
言葉が通じているというよりも、髪を撫でられたのが合図だったかのように少年は目を閉じた。
蝋燭の炎が揺らめき、少年を見つめる男の露わになった横顔を照らす。
吊り目がちの瞳と好き勝手な方向にツンツンと伸びた髪は、どちらも蝋燭の炎と同じ色。
先の尖った大きな耳が、顔に掛かるはずの髪を堰き止めるように、真横にでんと張り出していた。
ラセンの一族と系統は異なるが、この男も純粋な魔族であった。
少年が眠りについた事を確認すると、男は眇めた目をして周囲を見下ろした。
床には欲望の全てを精と共に吐き出し抜け殻となった男たちが、人形のように転がっていた。
「ヒトの分際で『礎』相手に精を放つなんざ、馬鹿な奴らだぜ……」
いつまでも若く、少しでも長く生き永らえたいという欲望を無くしてしまった彼らには、もはや生きようという意志は無い。絶頂を迎えた瞬間そのままの表情で、その身は石へと変わり始めていた。
「ご丁寧に精まで飲み込みやがって。飲まなきゃ呆けるだけで済んだってのに、面倒臭ぇ」
男は片脚を上げると、完全に石人形となってしまった男の身体を踏みつけた。
ゴツ、という鈍い音と共に、その身体は鮮やかな緑色の断面を見せて二つに割れた。
少年と交わった男たちは皆、生前の姿のままで封印石と化していた。
「質としちゃ、中の下ってとこか。ま、路銀の足しには丁度いいか。他の奴らは、っと……へえ?」
男の視線の先に、真っ先に少年と交わった男がいた。
「まだ生きてんのか、アンタ。もしかしてちゃんと喋れたりする?」
「きっ貴様は……焔(ほむら)! まだ居たのか? 儀式が始まる前に失せろと言ったはずだ!」
狼狽はしていても自我を失っているわけではない様子に、焔と呼ばれた男は賞賛の口笛を吹いた。
「どんだけ欲深いんだか。っても性欲だけは持ってかれたみたいだな」
焔のニヤつく視線を辿った男は、己の萎れたペニスが緑色に変色しているのを見て絶句した。
「こ、これは……」
「面ッ白ぇ。初めて見るパターンだな、こりゃ」
「なぜだ? 盟約は確かになされたはずだ……なのにどうして……」
「名無しの『礎』が、盟約なんざ結べるわけねーだろ、ばーか」
「何を言う! 『礎』とはラセンの長となる資質のある者が修める行の事だ! だからこそ私は!」
「違うね。『礎』ってのはただの器さ。お前らみたいな欲の権化を鎮める為のな」
「鎮める……だと?」
「コイツとヤッて気持ち良かったろ? 何もかも満たされた気分になってスッキリしたろ?」
焔の言葉に男は愕然とした表情で黙り込んだ。
満たされたと感じたのは、願いが聞き届けられたからだと信じて疑わなかった。
石にならなかったのは自分に資格があったからだと。
だが焔の言葉の通りならば、少年が自分に与えてくれたのは、欲望が受け入れられたという充足感のみという事になる。
「資格が無いと……そういうことなのか? 私では盟約を結ぶに値しないと!?」
毛むくじゃらの手で頭頂部の薄くなった髪を掻き毟り、男は記憶の中のラセンに関わる事柄を、まるで自分に言い聞かせるように端からそらんじ始めた。
「どうしてだ……虹彩の金色はラセンの力の象徴……盟約の締結を表わす現象のはずだ……」
この目で確かに確認したのにと呟く男に、焔は嘲るような視線を向けた。
「金色の光が力の象徴ってのは正解だけどな。アンタ、盟約の意味がわかってねぇよ」
「魔族の分際で何を偉そうに! お前なんぞに何が判るっ!」
「知らねーのはヒトぐらいだって。ま、アンタにそれを教えてやる気は無ぇけどな」
罵倒の言葉を鼻先であしらう焔に男の焦燥が募る。
「うっうるさい! これは精が足りないだけだ! そうだ、もっと精を取り込めば……っ」
自分の言葉に光明を見出したのか、男はマットに這い登り少年の足元へと擦り寄っていった。
「おいおい。そんな事したってコイツらみたいに石になるだけだって」
「お前は黙っておれッ! さあ、ラセンよ、再び我に精を授けたまえ!」
男は焔が掛けてやったマントを剥ぎ取り少年の両脚を広げ、そのまま股間に口付けた。
萎れたままのペニスをつまみ上げ、根元からべろべろと嘗め回しては屹立を促そうとする。
「なぜだ、なぜ応えない!?」
つい先ほど五人を相手に精を吐露したペニスが、そうそう反応するはずも無い。
耳元で怒鳴りつけられても眉一つ動かさないのは、昏睡状態に陥っているからであろう。
にもかかわらず、男は目覚めぬ少年に業を煮やしその頬を二度三度と打ち据えた。
「ヒトの前で惰眠を貪る無礼は許さん! 起きろ! 精を吐き出すのがお前の役目であろう!」
「よせよ」
焔の声など聞く気も無いのか、男は激昂し、ついには少年の細い首に手を掛けた。
白い喉に指先が食い込むと、少年の唇が微かに震え、咳き込むような息が零れた。
焔の顔からざっと血の気が引いてゆき、男の顔には喜色が浮かぶ。
「おいっ!」
「さあ起きろっ! 起きてさっさと私のために精を吐き出せッ!!」
ぐいぐいと首を締め上げ持ち上げる。
言葉と行動の矛盾に気付かぬほどに、男の思考は破綻していた。
「いい加減にしろや、エロジジイッ!!」
焔の手が男の頭部を鷲掴み、こめかみに指を掛けた。
二の腕の血管が太くくっきりと浮かび上がり、筋肉から湯気が立ち昇る。
「何をするッ! 離せ、は、なッ……ンガァアアアアアッ!!」
「たかだか百年程度の寿命しかねぇ短命の劣等種が、勘違いして舞い上がってんじゃねぇよ」
指先がめり込むほどに締め上げると、ようやく少年の首は開放された。
シュウ、というガス漏れのような音が聞こえたのはその直後であった。
音と共に肉の焦げる匂いが辺りに漂い、男の両耳から黒い煙がぶすぶすと流れ出してきた。
「皮から焼くと火が出ちまうからな」
焔は男の身体を内部から焼いていた。遠赤外線のグリルのようにじっくりと、皮膚に焦げ目が浮かぶまで、焔はその手を緩めなかった。
「ま、こんなモンか」
掌から開放された男の身体は重力に従い床へと落下し、鼻と口から煤けた煙がぼふんと飛び出した。
「ちーっと焼き過ぎの気もすっけど、別に喰うわけじゃねぇしな」
無造作に蹴りを入れる脇腹から炭化した組織がぼろぼろとこぼれ落ち、煤が舞う。
煤と一緒に舞い上げてしまった匂いに顔を顰めた焔は、気分直しとばかりに少年の顔を覗き込んだ。
投げ出されたままだった身体を元の通りに寝かしつけ、再びそっとマントを掛ける。
「盟約ってのは、見返りを約束する契約なんかじゃねぇ。そんなモンはいらねぇって誓いなんだよ」
焔は安らかな寝息を確かめると、少年の髪を優しく撫でてやりながら、誰にともなく呟いた。
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