お終いの街3


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 そこには「聖地」と呼ぶにふさわしい、静寂に包まれた空間があった。
 煌々と照る月明かりの下に広がるのは、なだらかな砂丘。
 生物の存在を拒み続けた悠久の流れを描き出したような砂の畝が、現実を忘れさせる。

 何処までも続くかと思われたその光景にやがて、一際白く輝く建造物が見えた。

 屋根に当たる部分はすでに崩れ去り、建物の大半が砂に埋もれた石造りの神殿。

 周囲にはこれといった人影もなく、白く浮かび上がった外壁の片隅に、闇に切り取られたようにぽっかりと開いたその穴は、まるで冒険者を誘うダンジョンへの入り口のように見えた。

「うわぁ……。なんか、ゲームの画面見てるみたいだ……」

 トレーラーのフロント越しに、サキが感激の面持ちで呟いた。

「ここから先はリアルRPGですよ、サキ君。装備の確認は大丈夫ですか?」

 わくわくという描き文字が背後に浮かびそうな顔で遺跡を眺めるサキに、セキエイが揶揄うように声を掛ける。

「えっ!? 装備ってやっぱり、杖とか必要?」
「魔法も使えねぇのに、杖持ってどうする……ってかどこの世界の話だそりゃ」
「コウってば夢が無いなぁ。なんか、あそこに入ったら魔法とか使えちゃいそうとか思わない?」
「全然?」
「うー」
「まあまあ。魔族の持つ特異な能力を、魔法のように解釈していた時代もあったんですから」
「それとこれとは別問題でしょう」

 気分だけは魔法使いでもいいんじゃないかと笑うセキエイに、魔人姿のコウが苦い顔をする。

 基地へと戻った時にはヒトの姿になっていたが、シグに違和感を指摘され、やむなくメンバー全員に事情を説明する羽目になったコウは、手っ取り早く魔人の姿を披露したのであった。

 サクヤの施した「封」の効き目が切れて魔人になったと言い、サキの力でヒトに化けられるようにしてもらったのだと告げると、どういうわけか拍手が起こった。サカキにいたっては腹を抱えて大笑いをしながら、サキに向かってグッジョブだと言わんばかりに親指を立てていた。

 誰一人として忌避する様子を見せなかったことにコウは驚き、そして感謝した。
 だが。

「自分が一番ファンタジーな存在になった割には、随分と冷静なんですねぇ」
「……博士」

 どうにも一生使いまわせる揶揄いのネタを提供してしまっただけのような気もして、今は少しばかり後悔しているというのが本音のコウであった。とはいえ、ヒトの姿を保つ事にまだあまり慣れていない現状では、笑いの種にされようとも、気軽に正体をさらせる場所があるというのはありがたかった。

「僕らの目的は遺跡内部の調査なんだし、もう少し肩の力を抜いてもいいと思うけれど?」
「そうも言ってられんでしょう。連中はもう中に入ってるんですから」
「『ラセンの民』ご一行様かい?」
「だけじゃないとサカキから報告があったはずですが?」
「ああ、そっちは問題ないよ。駒にしていいって許可はとってあるから」
「……誰に?」
「依頼主」

 正規の命令を受けて作戦行動をとっている兵士達を、好きに使えと言える立場の人物が今回の依頼主だという事実に、コウの眉間にシワが寄った。思い当たる人物など、一人しかいない。

「行くのが嫌になったかい?」
「別に。俺を雇ったのは貴方ですから。ま、まだ生きてたのかとは思いましたがね」
「そう思うんなら、殺しに行ってあげればいいのに」

 セキエイの顔から笑顔が消えた。代わりにコウの口元に、酷薄な笑みがひっそりと浮かぶ。

「まさか。俺はあの人に対して、そんな優しい感情は抱いてませんから」
「死を与えるのが優しさかい?」
「違いますか?」
「僕は彼じゃないからね。けど、そういう考えを口に出して言うのはどうかと思うよ?」

 セキエイが、ふいと視線を流した先には無言で遺跡を見つめるサキの背中があった。

「死に焦がれるような発言は、『対』に対する最大の裏切りだって知ってるかい?」
「ッ!?」
「……博士?」

 セキエイの言葉に、聞こえない振りをしていたサキも思わず振り向いた。

「サカキ君たちは気付いてない……というか知らないだろうけど、僕は、タキとサクヤ君を知ってるからね。彼らの結びつきと同じものがキミたちの間にも成り立った結果が、コウ君のこの姿だと僕は思ってるんだけど?」

「まさかオヤジも……」
「あ、違う違う。タキも魔人になったって訳じゃなくて、キミたち二人の雰囲気がね」
「雰囲気って……俺たちどっか変なんですか!? 俺、『盟約』とか『対』って知らなくて……」
「え?」

 驚くセキエイにコウは無言で頷き、サキの言葉を肯定した。

「知らなくてどうやって……」

 セキエイの言葉で表情を曇らせたサキを安心させるように寄り添ったコウは、その肩を抱き寄せながら不敵な笑みを浮かべて言った。

「愛の奇跡とでも思っておいて下さい」
「コ、コウ!?」

 前触れもなく言い放たれた愛の奇跡という言葉に、サキの頬がみるみる赤くなってゆく。
 その様子を眺めていたセキエイは、そういうところがそっくりなんだよと溜息混じりに呟いた。



◆◆◆◆◆



 トレーラーのコンテナ後部の貨物スペースは、にわかに整備工場と化していた。

「可動負荷率、防砂フィルターの効果、オールグリーンですっ!」

 計測器を手にしたグリンがてきぱきと数値を読み上げゴーサインを出すと、カシャリと軽快な機械音を響かせて、全身を特殊合金製のアーマースーツで覆ったセキエイが立ち上がった。

「じゃ、行こうか……ん? どうかしたかい?」

 グリンにアシストさせながら腕やら脚やらに次々とパーツを取り付けていく様を物珍しそうな顔で眺めていたサカキが、全ての装備を装着し終えたセキエイの出で立ちを目にしてあんぐりと口を開けていた。

「サカキ君?」
「……あんた、その格好で行くのか?」
「そうだよ?」
「戦争に行くんじゃねぇんだぞ、調査だぞ?」
「うん。だから外付けパーツのみの軽装にしたんだよ?」

 戦闘目的ならば腕や脚を直接武器パーツに換装するのだと聞き、サカキはセキエイの身体の大半が機械であるという事を思い出した。

「凶戦機部隊の生き残りってのは、本当の話だったのか……」
「あれ、信じてなかったのかい?」
「そういうわけじゃねぇが……なんつうか、今、実感した」

 サカキの正直すぎる言葉に、セキエイは苦笑を浮かべただけだった。

 眼鏡を外し、ヘッドギアを着けてゴーグルの光量調節をしていると、居住スペースとの境のドアが開き、着替えを済ませたコウがやってきた。軍の制服とよく似たつくりの上下に底の厚い、膝下までの編み上げのブーツ。珍しく前髪を上げ右目を眼帯で覆った胡散臭い姿は、流れ者の傭兵といった風情を醸し出していた。

 セキエイの装備を一瞥した途端、コウの瞳が大きく見開かれ驚きの表情を浮かべた。

「コウ君までそんな顔をして……なんだい?」
「いや、随分軽装だなと……」

 サカキとは正反対のコメントを述べるコウに、セキエイは思わず吹き出した。

「なにか?」
「いやいやいや。キミたちの軍歴の違いがよく出てる意見だなぁと思ってね」

 セキエイの視線の先で、サカキがバツの悪そうな表情でこちらを窺っていた。
 ガリガリと頭を掻いたコウは、サカキのコメントの想像がついたのか溜息混じりに付け加えた。

「何言ってるんですか。貴方にしては軽装だと思っただけですよ、俺は?」

 チームを組む必要なんて無いような装備じゃないですかと続いたコウの言葉に、サカキは見る見るうちに救われたような表情になり、しゃっきりと顔を上げて背筋を伸ばした。その変わり身の早さに、隣に並んだシグが肩を震わせながら笑いを押し殺す。頭を小突かれながらも悪びれもせず、ぺろりと舌を出してサカキに笑顔を向ける様子に、コウの視線がふっと柔らかなものに変わる。

 一方、コウとサカキに装備が充実し過ぎていると指摘されたセキエイは、グリンを呼び寄せ愚痴をこぼし始めていた。

「常にチーム全員で行動できるとは限らないし、このくらいは普通だと思うんだけどねぇ」

 少し減らした方がいいのかなと尋ねられたグリンは、ぶんぶんと勢いよく左右に首を振っていた。

「今回は敵対行動を取る可能性のある集団も存在してるんですから、これくらい当然ですっ!」

 慣れた手つきで自動小銃の弾薬を詰めながらきっぱりと言い切るグリンに、セキエイが我が意を得たりとばかりに破顔する。

「そうだよね、キミが選んで整備してくれた装備だもんね」
「はいっ! とってもかっこよくてお似合いですっ!」

 弾薬の装填が完了した銃を、これで武装も完璧ですと言いながらセキエイの腿の両脇にセットする。一見しただけでは銃だと判らないようにカバーを被せ終えると、グリンは両手を腰に当て、満足そうに頷いた。その髪を嬉しそうに撫でたセキエイが、ありがとうと言っている。

 二人のやり取りを黙って眺めていたコウは、セキエイが整備をグリンに任せている事に驚いていた。
 いくら外付けのパーツとはいえ、セキエイ本体の構造を知らずに取り付けられるものではない。

 愛しいからと盲目的に可愛がるのではなく、公私を問わぬパートナーとして連れ歩く為に必要な知識と技能を与えていたセキエイに、コウは不覚にも感動を覚えた。そんな事を口に出せば、セキエイはきっと当たり前のような顔をして、昼も夜も一緒に居たいからねと答えるのだろうと思うと、コウの口元には自然と笑みが込み上げてきた。

「コウ? なに一人でニヤニヤしてんの?」

 瞳の色を隠すために黒色のコンタクトレンズをはめたサキが、コウと揃いの出で立ちで現われた。

「お、ちゃんと入れられたか?」
「なんとかね。前よりは大分慣れたから痛みとかはないよ。コウは?」
「眼帯がうぜぇが、他は問題ない」

 コウの口元に浮かぶ笑みが最近見慣れた種類のものではないと気付いたサキが、理由を尋ねるように顔を寄せて小首を傾げた。くりっと見開かれた目に覗き込まれたコウが、口元だけであった笑みを顔全体にふわりと広げて二組のカップルへと視線を流すと、つられて彼らに目を向けたサキの顔にも柔らかな微笑が浮かぶ。

「なんか、いい感じ」
「だろ?」

 それぞれがどんな“フリーミッション”をこなしたのかは知らないが、成果は上々だったらしい。
 相乗効果でチーム全体の士気も上がっている。
 今ならば一個中隊相手の本気の戦闘でも、全員揃って生き残り、勝ち名乗りを上げることができるだろう。最後まで、背中を預ける事ができるのならば。

 コウの顔から笑みが消え、サカキを見つめる視線が厳しいものに変わる。

 調査を終えるまでは協力すると言っていた。だがそこから先はどちらに転ぶか判らない。
 このまま引いてくれればと思うが、サカキの立場ではそうもいかないだろう。

 握り締めた拳をサキの手がそっと包む。
 コウの中から迷いが消えた。

 この手を離すつもりはない。
 もう二度と。

 結果の出ていない懸念を振り払い、コウはコンテナの扉に手を掛けた。


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