月の光に照らされた砂丘の合間を縫うように、ジープはのんびりと走っていた。
「寒くないか?」
「大丈夫ー」
砂漠の夜は、陽が落ちると一気に気温が低くなる。
だが、防寒用のケープのフードをすっぽり被ったサキの頬は、外気の冷たさを心地良く感じるほどに上気し火照っていた。
「し、静かだね。エンジンの音しか聞こえない」
「声、上ずってんぞ」
「っ!? そそそそう?」
喉を鳴らしてコウは笑った。
久しぶりの二人きりの時間。
濃密な触れ合いを予感しているのか、サキの様子が妙に落ち着かない。
緊張はしているものの、そこに不安や拒絶の感情が無い事がコウは嬉しかった。
「見えてきたぞ」
砂礫の道に草木がまばらに見え始め、視線の先に、月を映す水場と巨大な一枚岩が現われた。
中継所からおよそ20km。
一般には知られていない監視用に設けられた人工のオアシスに、コウはサキを連れ出していた。
「勝手に使って怒られないの?」
到着するなりジープを降りて岩を見上げていたサキが当然の疑問を口にした。
「なんのためにサカキの車で来たと思ってんだ?」
隣に並んだコウが、ちゃりりと音を立ててジープのキーを揺らして見せた。
岩の窪みにしか見えない小さな穴にキーを差し込む。
途端に目の前の岩壁がぽかりと開き、奥にグリーンのランプが点灯するのが見えた。
「うわぁ……」
「乗れ、車入れるぞ」
「あ、うん」
キーを引き抜き再びジープに乗り込みエンジンを掛ける。
サキが助手席に収まったのを確認すると、コウはゆっくりと岩の中へジープを進めた。
背後の岩が再び閉じられ一瞬闇に包まれたが、すぐに淡い光が周囲に満ちた。
「岩が……光ってる?」
「発光性の苔を植えつけてある。目が慣れれば結構明るく感じるぞ」
「へぇ……」
足元に気をつけろと言いながら先に立つコウの歩みに迷いは無い。
内部構造を知っているのは、かつてここで任務に就いた事があるからなのだろう。
そこには多分サカキや、『シグ』も居たはずだ。
それを思うと、サキは先ほどまでの浮かれた気分が少しずつ薄れていくのを感じて俯いた。
「こっちだ。もう普通のカッコでも大丈夫だぞ」
案内された部屋の奥で、コウはすでに防寒用のジャケットを脱いで普段のシャツとスラックスの姿になっていた。昼間は暑過ぎて入れないんだと説明された部屋は、夜気を取り込むことで適温になる仕組みらしい。置かれたベッドはマットがむき出しのままであったが、コウは手荷物の中からシーツを取り出し、慣れた手つきでセットした。
「コウ、ここってよく使ってたの?」
「ああ。基地の通信機を使うとやばい連絡の時とかな」
「それって、ひとりでってこと?」
「当たり前だ。サカキやあいつと一緒の任務で使った事は無いぞ?」
「えっ? あ……そ、そうなん、だ」
「気にしすぎだ、馬鹿。ほら、来いよ」
「あっ……」
くすりと笑ったコウに腕を引かれ、ベッドに並んで腰をおろす。
肩を抱き寄せられたサキは、びくりと身体を硬くした。
「さっきまでのテンションはどうした? こういうのを期待してたんじゃないのか? ん?」
耳元で息を吹き込むように囁かれ、サキの背筋がぞくりと粟立つ。
甘い予感に腰が疼き、高鳴る鼓動が体温を上げてゆく。
「無理強いする気はさらさら無いが、リクエストには全力で応えてやるぞ?」
「リ、リクエストって……」
「したい事でも、して欲しい事でも」
「えっ、ええっ!?」
「ここに来るまで、色々想像してただろ?」
笑みを含んだ声で言い当てられ、サキの頬が一気に赤味を帯びた。
コウの指摘は間違っていない。
グリンやシグのあけすけな“夜のご主人様自慢”を散々聞かされたせいだろうか、自分だってという思いがどこかにあったかもしれない。彼らの行為を自分とコウに置き換えて妄想し、思わず股間が反応してしまった事は恥ずかしながら、否定が出来ない。
だからと言ってそれらの行為を言葉にしてコウにリクエストするなど、サキにはどうやってもできそうになかったが。
頬を染め、しどろもどろになりながらうろたえるサキの姿に、コウの笑みはますます深くなった。
「何をどんだけ期待してんだか……くくっ」
「あーっ! 笑う事ないだろっ!」
「悪い悪い。けどお前、そんなやる気満々の顔で悩まれちゃ……」
「や、やる気満々って……」
「前からか? 後ろからか? それとも上に乗るか?」
言いながらコウの指が、サキのシャツのボタンを外す。
「ちょっ!」
「いいから、じっとしとけ。全部やってやるから」
「あ……」
するするとボタンを全開にしたコウの指は留まる事を知らないように下へと進み、Gパンの前も寛げる。脱がされていると実感するだけで、サキの息は勝手にあがりはじめた。
「あっ……はっ……」
「いい表情(かお)だ……」
「……ッ」
当たり前のように下着の中に滑り込んできた掌にペニスを握りこまれ、サキは思わず仰のいた。
その時を待っていたかのように唇を塞がれ、ベッドへと寝かされる。
息が止まるほどの深いキスの間に、ペニスも尻もくるりと剥き出しにされてしまっていた。
「んっ」
膝の辺りに絡まる布の感触がうっとうしくて、サキは自分で脚を揺らして脱ぎ捨てた。掌が肩口を這うのに合わせて腕をシャツから引き抜きコウの首に絡めれば、浮いた背中からシャツが外され全身にシーツが触れるようになった。
冷んやりとしたその感触に、自分の身体がどれだけ火照っているのかが判る。
発情期でもないのに欲しくてたまらない。我慢ができない。
コウとのSEXを望んではいたが、これほど性急に昂ぶってしまうとは思ってもみなかった。
もっとゆったりと、言葉を交わしながらじゃれあうように触れ合って、心と身体の一番深いところで繋がりあうような、そんなSEXがしたいと願っていたはずなのに。
「ごめん、コウ……俺、なんか……」
「時間はたっぷりあるんだ。やりたいこと全部やってから、ゆっくりすりゃいいだろ?」
ちゅ、と音を立てたキスをサキの顔に降らせながら、コウは自分のシャツのボタンに手を掛けた。
サキの手が後を追うようにボタンの外された胸元を開き、コウの肌を露わにしながら撫でさする。
「手伝う気なら、下……脱がしてくれるか?」
「あ……うん。……ねぇ? ……その……」
起き上がり、スラックスのファスナーに手を伸ばしながら何かを問いたそうに向けられたサキの頭を、コウはくしゃりと掻き混ぜ自分の股間へ引き寄せた。顔に掛かる髪を持ち上げ邪魔にならないようにしてやると、はにかみながらコウのペニスにそっと、薄桃色に上気した頬をすり寄せた。
「へへっ……なんかこういうの久しぶり。今夜はいっぱい、よろしくね?」
「……挨拶はせんでいい」
「でも、ちゃんと返事してくれてるよ?」
サキの人差し指がつつつと裏筋をなぞると、コウのペニスがぴくりと震えた。
「……馬鹿。そんな弄り方してっと、もれなく顔射になっちまうぞ」
「あ……う、わ……わぁお」
サキの吐息を間近に受けたコウのペニスは一段と硬度を増し、筋を立てて仰のいていた。
その瞬間を目の当たりにしたサキの瞳が、キラキラと金色の輝きを放ち始める。
サキの瞳の金が増すたびに、コウの右目の奥でも、細胞が蠢くような疼きが増していた。
疼きは背筋を辿って腰にぞわりとわだかまり、射精感を一気に募らせる。
「ちっ! ……口、開けろ」
「んぁっ!?」
ぐいとサキの髪を引っ張り上を向かせたコウは、中途半端に開いたサキの口に有無を言わせず自分のペニスを咥えこませた。湿り気を帯びた内壁が張りつめたペニスを包みねっとりとした舌が吸い付いてくると、コウの意思を無視して、堰が切れたように睾丸から精液が込み上げてきた。性欲とは無縁のところで、精液を搾り取られているような感覚さえ覚える。
「動くな、よ……くっ!」
「ッ!」
コウの尻がぶるっと震え、サキの咥内に生暖かい苦味が広がった。
「……大丈夫か?」
「ん……らいりょぶ」
ペニスを咥えたままで頷くサキに、コウは思わず苦笑した。
上目遣いにちらりと覗いた瞳は完全に、金一色になっていた。
サキの瞳の輝きにつられるように、右目の奥に何かが満ちてゆく。
目眩にも似たその感覚にコウの身体がぐらりと揺れた。
「な、んだ……?」
「あ!」
サキの腕がふわりと伸びて傾いだコウをベッドへと導いた。
「目、見せて?」
「ん……」
二人が並んで横になるにはいささか狭いベッドの中央を大の字で占拠してしまったコウは、脇に侍るサキを腹の上に引っ張り上げて跨るように座らせた。
「痛みとか、圧迫感とかってのはないんだが、なんつーか……」
「……気持ち、悪い?」
「いや、その逆だ。しかも結構やばいレベルで気持ちがいい」
「良かった。おまじない、ちゃんと効いてるみたいだ」
コウの笑顔を確かめたサキは、ほっと安堵の息を吐くとそのままコウの右目に唇を寄せた。
「も少し、足しておくね」
「足すって、何を……」
「ん? 俺のゲノム。眼球の代わりにするには、もうちょっと濃い方がいいみたいだから」
にっこりと笑ったサキは、たっぷりの唾液を乗せた舌先で右の眼窩をゆっくりと舐めた。
右目に光や温度を感じる何かがある。いや、むしろ何の違和感も無くなったと言うべきか。
自前の眼球のある左目と同様の感覚が右目に戻っていた。瞼を閉じるときに感じていた擦れるような、何かが挟まっているような、そんな不快な異物感が消えている。
「まだ、閉じちゃ駄目だよ」
「あ、ああ。けどなんか……目玉を舐められてるような妙な気分なんだが」
「うん。もうほとんど形ができあがってきてるから、感触もあると思うよ?」
「や、そういう意味じゃなく……」
倒錯した愛撫を受けているような気分だった。
サキが右目に舌を這わせるたびに、またもや腰のあたりの落ち着きが無くなってきていた。
だがそれはコウ一人の身に起きている現象ではないらしいく、コウの右目を舐めていたサキもまた、もぞもぞと腰を動かし始めていた。
「お前……俺に寄越したゲノムの分だけ、俺のが欲しくなってるんじゃないのか?」
「……え?」
「……『盟約』って知ってるか?」
「?」
「なら『対』は?」
コウの問いにサキはふるふると左右に首を振る。
「けどお前、俺の右目に自分のゲノム使ったって……」
「だって石のせいでコウのゲノム、バラバラになってて。だから俺のゲノムを足して繋ぎ直して」
「それが“おまじない”……か?」
「うん」
「そう、か……」
一方通行ならば『盟約』は成立しないはずだ。コウの内心に、安堵と失望が入り混じる。
実を言えば、ほんの少し期待していた。今更『対』になりたいなど、おこがましいにも程があると判ってはいたが、サクヤの石が外れた今ならもしかして、と。
だが、サキが知らないのではどうしようもない。コウにしても正式の手順を知っている訳ではない。
互いに自覚の無いままゲノムを与え合ったとしても、『対』になれるわけではないだろう。
(世の中そんなに甘くはない、か……)
コウの浮かべた小さな苦笑に、サキの頬がぴくりと引き攣る。
「コウ……もしかして、イヤだった?」
「ん?」
「コウのゲノム、勝手に読んで、いじりまわして……」
「全然?」
「えっ……で、でも、なんか……」
苦笑の意味を取り違えたサキの戸惑いを、コウはベッドへ引き倒す事で打ち消した。
「コウ? ほんとに、イヤじゃない?」
「ああ。うっとうしい頭痛も消えて、助かった。ありがとな」
コウの下に組み敷かれ、不安そうに見上げていたサキの表情がようやく緩んで笑顔になった。
「じゃ、じゃぁさ……続き、お願いしてもいい、かな?」
「もちろんだ」
「へへっ」
ふにゃりと笑ったサキの頬に赤味が戻る。
つられて笑みをこぼしたコウも、己の欲望に忠実に、サキの肌に掌を滑らせた。
◆◆◆◆◆
「ふっ……ん、はぁ、あっ!」
サキの腹に自らが吐き出した白い飛沫が飛び散り、とろりと流れて新たな染みをシーツに作る。
コウの吐精を何度も受けたアナルは湿った破裂音を出し続け、ベッドの軋みに呼応するように、肉のぶつかる乾いた音がぱんぱんと響く。
「はっ、あ……サ、キ……すま、ん。止まらっ……ねぇ……」
これまでサキの過去や自分の身体に対して抱いてきた後ろめたさやわだかまりが、達するたびに薄れ、消えてゆく。二度三度、サキの中に欲望を吐き出すごとに快楽の純度は高まり、躊躇いが遠ざかる。
「だいじょ、ぶ……だよ……俺、も……もっと……欲しい、か、らっ」
熱に浮かされたように感情のまま貪っていても、それが独りよがりの行為では無いと実感させてくれるサキの身体が、言葉が、コウをより一層の高みへと連れてゆく。
一体感が強過ぎて、繋がりを解くのが恐ろしくなってくる。
一旦離れてしまったら、もう二度とこの瞬間を得ることができなくなってしまいそうに思えた。
この快感を、身体の隅々まで行き渡るような幸福感を、一夜の夢で終わらせたくはない。
「サ、キ……。俺の、命も身体も、想いも全部お前にやる。だから……」
「……コウ?」
「……俺のものになってくれ。俺だけの……お前で……サキ……」
何もいらない、お前だけでいいとサキの細い身体をかき抱く。
「コウ……俺の事、そんな風に言ってくれたの初めてだ」
愛していると言われた事はある。ずっと一緒に居るのだろうと、確認を求められた事もある。
けれどコウが自分からサキに対して所有権を主張したのは、これが初めての事であった。
サカキやグリンに対して牽制の意味も込めてそういう言葉を口にした事はあったらしいが、サキ自身がコウから直接告げられた事は一度もなかった。
サキの中で、これ以上はないと思えていた感情の昂ぶりが、一瞬にして臨界を突き抜けてゆく。
飼い主になる気はないと何度も言われた。モノ扱いする気はないのだからと。それはそれで嬉しい言葉ではあったがそういう事情とは別の次元で、お前は俺のものだと言われたいと願っていた。
「もっと、聞かせて? 俺、ずっと……コウにそう言ってもらいたかったんだ」
特別な存在になりたかった。他の何者にも替え難い、コウにとって唯一無二の存在に。
そうなれているはずだという自負はあったが、それでもやはり拭いきれない不安が影を差していた。
「サキ……俺のサキ……」
呪文のように呟くコウの声に、サキの瞳の金色が一際強く輝いた。
「コウ……もっと言って……それだけで、俺、いっちゃいそう……」
甘い吐息と共にサキのアナルはきゅうと締まり、コウを追い立てようと内壁が絡みつく。
応えるように、硬度を増したコウのペニスがびくりと震えサキの前立腺を刺激する。
互いの身体の欲望のうねりが調和し、より大きな快楽の波を呼び起こす。
細胞が溶け合うような一体感が二人の感覚を支配する。
「サキ、キスをくれ……お前のキスが欲しい」
「うん。俺が欲しいっていっぱい言って? 全部全部あげるから」
互いを求める唇が深く深く重なり合う。
求めてやまなかった瞬間が訪れた。
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