お終いの街3


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「んっ……はっ……んぅ……」

 シグの呼びかけに返されたのは、柔かな微笑だった。
 ふっと細めた目に一瞬懐かしむような表情を浮かべ、サカキの手がシグの顎をとる。

「んんっ! ……ふっ……んっく……あふ」

 与えられた口付けは深く、熱く、シグの身体に痺れるような快感が満ちた。
 角度を変えて繰り返される濃厚なキスは、シグの思考を蕩けさせてゆく。
 骨太の指が髪を梳き、頬を撫で、肩を包む。
 ゆっくりとベッドに横たえられた時にはすでに、シグの息はあがっていた。

「こんな……キス……知らない……」

 ようやく開放されたシグの唇から漏れたのはそんな一言だった。

「こっち方面もいろいろ忘れてたらしい。……すまなかったな、今まで」

 労うような優しい愛撫に、シグは黙って首を左右に振った。

「これからいっぱい……教えてください」

 誘い文句ではなく、真剣に教えを請うシグに、サカキは口元を緩めた。

「ただし、どこで覚えてきたのか訊くのはナシだぞ?」
「そんなにあちこちでヤンチャしてたんですか?」

 おどけたようなサカキの物言いに、シグの顔にも笑みがこぼれた。
 くすくすと小さく笑いながら、話の続きをねだるようにサカキの首に腕をまわす。

「酒か賭博かSEXか。楽しみなんて、そんなんばっかりだったからな」
「お酒もギャンブルも、あまり得意じゃないですもんね」
「そういうことだ」

 にやりと笑ったサカキが、間近に寄ったシグの瞳を覗き込む。
 心なしか増量された色気に、シグの心臓はどくんと跳ねた。
 なおも近付く眼差しに、反射的に瞼をふせる。

 それがはじまりの合図になった。

「んっ! ……あ、んんっ!」

 サカキの手が、自己主張を始めたシグのペニスをするりと下から撫でる。掌で本身を包むように押さえ込み、指先は袋の部分で円を描くように動き出した。

 掌の中でびくびくと震えながら、シグのペニスが硬度を増してゆく。

「……いい反応だ」

 普段よりオクターブの下がった声がシグの耳元を掠めた。
 それだけで背筋を甘い痺れが走り、腰が揺れる。

「あっ……」

 仰け反る首筋にサカキの唇が触れ、舌が這う。
 音を立てて吸い上げられると、乳首の先がツキンと疼いた。

 サカキの首に絡んでいた両腕がベッドに落ちる。
 開かれた胸板に、サカキの舌は遠慮なく下りて行った。

「ふぁッ! ふっ! ……ん……ッ……やぁッ」

 それぞれを、指と舌とでこね回された両の乳首がきゅん、と勃ちあがる。
 一方は摘んで弾かれ、もう一方は甘噛みされて、吸い上げられた。

「も……そこばっかり……な、いでッ!」
「手抜きはしねぇって言っただろ?」
「だからって……こ、んな……あぁっ、んッ」

 乳首への執拗な責めに反してペニスへの愛撫は軽く、裏筋に触れる程度で握りこむ事もしない。ついにはその手もペニスを離れ、乳首へとやってきた。代わりに自由になったサカキの舌と唇が、縦横無尽にシグの肌を這い回る。

「ひああっ……ふッ……う……うぁ……」

 わき腹を吸い上げ、臍の周りをぐるりと舐めたかと思えば、反対側のあばらの縁に歯を立てる。その間も乳首への責めはやまず、緩急をつけて弄り回されていた。最も触れて欲しいと願うペニスは放置され、時折擦れるサカキの胸板に、透明な液体が幾筋もの糸をひいていた。
 
「お、ねがい……です、から……も、う……」
「限界か?」
「ごっ、ごめんなさいッ………」

 サカキの言葉をどう解釈したのか、シグは今にも泣きそうな顔で謝った。

「何で謝る……こういうのは、嫌だったか?」

 愛撫の手を止め身体を起こしたサカキに、シグが縋りついた。

「待って! そうじゃないから、やめないでくださいっ、お願いだから!」
「やめねぇよ」
「あっ!?」

 ぐいと引き寄せられたシグの身体は、横抱きでサカキの膝の上に迎えられた。そのまま広く分厚い胸板に、押し付けるように頭を抱え込まれると、シグの目から涙が零れ落ちた。

 サカキの唇が宥めるように涙を拭い、掌がゆっくりと背中を撫でる。

「気持ち良過ぎて怖くなったか?」

 怒るでなく呆れるでもなく。穏やかに、包み込むようなサカキの声にシグはこくこくと頷いた。

 怖かったのだ。本当に。
 快感のツボを的確に探り当てるサカキの指が。
 その指に、『シグ』のようには応えられない未熟な自分が。

「ッ……ふぇ……えっ……」

 優しい愛撫も、深くて熱いキスも。
 矢継ぎ早に押し寄せる快感の波も、何もかもが怖かった。
 それらすべてを、自分が受け取っていいものなのかが判らなくて。

 ヒトであったなら、恋した相手の過去に嫉妬を覚えることも許されるだろう。けれど自分は『レプリカ』なのだ。本来ならば、ヒトに恋する事など有り得ない。言ってはいけない一言を口に出してしまう前に、サカキが自分の怯えに気付いてくれたことが嬉しかった。

 怯えた理由(わけ)など知ってもらえなくていい。
 言っていいはずが無いのだから。
 『シグ』のように抱くのはやめてくれなどと――

「悪かった。いつも通りにするから、そんなに泣くな」

 無遠慮にペニスを握りこむ感触に、シグの身体がぶる、と震えた。

 この愛撫は知っている。
 サカキが自分を達かせるときの、馴染みの手際。

「あ……ああっ! ダイゴッ、ダイゴぉっ……」

 泣きじゃくりながらしがみ付いたシグの唇を、サカキのキスがさらう。
 噛み付くような、切羽詰った強引なキスも、シグの良く知るものだった。
 シグは自分の想いを呑み込む様に、サカキの唇を吸い上げた。


◆◆◆


「んっ、んんっ!」

 いつもの手順に戻った途端、火照り始めたシグの身体に、サカキは内心ホッとした。

 普段と違う愛撫に戸惑い、そこからもたらされる快感に怯えていると、判っていたのに手を止めなかったのは、自分の記憶と本心を確かめるためだった。

 欲しかったのは、『シグ』の身代わりだったのか、否か。

 共に過ごした時間なら、『シグ』の方がはるかに長い。
 SEXで苦労した覚えも無ければ、仕事の出来に不満を感じた事も無かった。
 気に入っていた。いつもそばに居て欲しいと思っていた。

 その感情は、道具に対する愛着ではなく、『シグ』という個に対する愛情だと指摘されれば、そうだったかもしれないと今は思う。

 だが――

「ダ、イゴ……?」

 不意に離れた唇に不安を感じたのか、細い声がサカキを呼んだ。
 その声が、縋るような眼差しが、サカキの意識を引き戻す。
 同じ色の髪と瞳、同じつくりの顔と身体。
 同一視しても不思議は無いのに、そこに『シグ』の面影は重ならない。

 キスを交わし、張りつめたペニスを少しばかり乱暴に上下に扱いてやれば、今までの躊躇いが嘘のように、白い飛沫が飛び散った。

 横抱きにしたまま、たっぷりのオイルを股間に垂らし、アナルの周囲に塗りつける。上の口は舌先で、下の口は指先で。同時に塞いで中を責めれば、一度は果てて萎えたペニスも、すぐに新たな熱を持った。

 もどかしそうに腰が揺れ、力の抜けた両脚が左右に開く。増やされた指を貪欲に呑み込むシグのアナルが、さらに奥へと導こうと、時折くちゅりと淫らに啼いた。

 シグの唇が、何か言葉を綴ろうとしては、ためらい、閉じる。
 その度に、瞼のふちから涙がこぼれ、頬に筋を残していた。
 部屋の明かりで光る滴が、シグの怯えが慣れない愛撫のせいだけではないと、気付かせた。


――『僕の気持ちなんて判るつもりもないくせに、そんな言い方しないで下さい!』――


 自分だけが『シグ』を思い出したのなら、誤魔化す事もできただろう。
 だが、シグは知らされてしまったのだ。
 己と同じ顔と名前の『レプリカ』の存在を。
 彼がサカキの「特別な」お気に入りであった事を。

 どちらの「シグ」を呼んでいるのかと、どんな気持ちで聞いたのか。
 過去への嫉妬などという、単純な感情だけでは無いだろう。
 それでもこうして身体を開き、されるがままになっている。
 押し殺した感情を、涙と一緒に追い出しながら。

「……挿れるぞ」

 行為を続ける事が、サカキが出したシグへの答えであった。
 気の利いた口説き文句の持ち合わせなど無い。
 貫いて、抱きしめて。
 吐き出す熱で少しでも、気持ちを伝えられたらと思う。

 お前の気持ちは知っている、俺はそれを嬉しいと思う、と。

「あ、待ってください……僕が……」

 指を引き抜き、膝から下ろそうとしたサカキをシグが止めた。
 サカキの肩に手を添えながらゆっくりと身体を起こしたシグは、自分からサカキの腰に跨った。後ろ手で自分の尻を開き、そそり立つサカキのペニスの先端を、腰を揺らして入り口の中心へと導いた。

 息を吐き、馴染ませながら腰を落とす。
 間近で聞こえる甘い吐息に、サカキはごくりと喉を鳴らした。

 すべてを迎え入れ、シグの吐息に安堵の声が混じると、充分に解された内壁がふんわりと包み込んできた。

「う……わ」
「ダイゴ?」
「待てっ! じっとしとけ!」

 やべぇ、と小さく呟き仰のいたサカキは、集まり過ぎた熱を逃がすように、大きく息を吐いた。

「……ちゃんと解すとこんなにイイのか」

 これまでの、勢い任せな手抜きの前戯を悔やむような口ぶりに、シグは思わず頬を染めた。

「そ、そんな、改まって言わないで下さい……」
「お前もちゃんと勃ってるし……」
「あっ! 触っちゃ駄目ですっ」
「なんで?」
「じっとしてろって言ったじゃないですか! そんなとこ触られたら……ああっ!」

 サカキの手が軽く触れただけでシグのペニスはびくりと震え、内壁がきゅうと締めつけてきた。

「うをッ!?」
「だから駄目だって……んんんっ!」

 高まる射精感を、必死にやり過ごそうと身悶えるシグの肌が、うっすらと汗ばみ赤味を帯びた。

「……そそるじゃねぇか」

 舌なめずりをしたサカキは、繋がったままシグをベッドに押し倒した。 両脚の膝裏をすくい、折りたたむように伸し掛かる。

「ああっ! ……に、握って、止めててくださいっ……でないと、僕……」
「何遍だって、達きゃあいいのに」

 そう言いつつも、サカキはシグの願い通り、臨界間近のペニスの根元を握ってやった。途端にシグの表情が和らぎ、嬉しそうにほころんだ。

「はぁ……っりがとう、ございま、す。存分に……ダイ、ゴ……」

 自らの快感よりも主の満足を優先させるのは『レプリカ』故か。
 身体を折りたたまれ、射精を堰き止められていても、シグの表情に苦痛の色は見られない。
 サカキが己の中に精をぶちまける瞬間を待ちわびるように、潤んだ瞳が見上げてくるだけであった。

「声を出せ」

 シグの根元を戒めたまま、サカキは腰を使い始めた。
 ベッドの軋みに呼応するように、シグの喘ぎが徐々に早く高くなる。
 シグの脚を広げていたサカキの手が外れ、顔の脇に置かれた。
 繋がりは深さを増し、互いの顔が至近の距離になる。
 
 シグは、サカキの背に腕を回してしがみ付きたい衝動に駆られたが、その手は持ち上げられることなく、硬くシーツを握り締めていた。突き上げが激しくなり、根元を握っていた手も外されると、抑えられていた快感が一気に押し寄せ、シグの背を大きく仰け反らせた。

「あっ! ああっ!」
「もっとだシグ。しがみついて、俺を呼べ」
「っ!」

 荒い呼吸で掠れた声が命じたのは、シグの願いそのものだった。

「しがみついて、爪立てて……俺を、好きだと言ってみろ」
「そんなっ! あぅ! あああああっ!!」

 ずるりと引き抜かれたサカキのペニスが再び奥まで一気に突き刺さり、抉るようにグラインドする。
 シグは堪らず、サカキの背中に爪を立てた。

「ひぁッ! ああっ! ……イゴ、ダイゴッ!」

 ベッドの軋みが激しさを増した。
 しがみつき、上下に揺さぶられ、シグは目の奥に火花が散るような感覚に襲われた。
 徐々に白くなっていく視界に、『レプリカ』としての意識も霞む。


 恋しい

 愛しい


 抱き続けた想いがぐるぐると渦を巻き、意識の表へと浮上する。

「言え。……言ってくれ」

 サカキの声に懇願が混じる。
 サカキがそれを望むなら、情事の合間の戯言でも構わない。
 シグは途切れ途切れの吐息の中に、抱き続けた想いをのせた。

「……す……き……」
「聞こえねぇ」
「好き、ですっ! ……好き……なんです……ダイゴ、が……ああっ!?」

 叫ぶと同時に、一際強い突き上げをくらう。
 前立腺を擦り上げ、最奥に達したサカキのペニスがどくんと跳ねた。
 吐き出される熱と、なおも続く脈動に、シグの内壁も煽られ震える。
 サカキの精を搾り出すように締め上げながら、シグの身体も絶頂を迎えた。
 強すぎる快感に声も出せず、意識が爆ぜて飛びそうになる。
 落ちてもいいと瞼を閉じたその時、サカキの囁く声がシグを引き止めた。

「お前は……壊れないでくれ」

 驚きに目を開く間もなく、広い肩に抱き寄せられ、首筋に唇を感じていた。
 シグの意識が無いと思っているのか、髪を撫で頬擦りをする仕草に照れは無かった。
 余韻の火照りが引き、萎えて繋がりが外れても、サカキはシグを抱きしめていた。

「あんなのは……二度とごめんだ」

 ぽつりと零れた呟きに、シグの身体がびくりと揺れた。

「シグ?」
「――っ! すみませんっ!」

 ぎゅっと両目を瞑り、サカキの胸に顔を埋める。
 聞いてはいけない言葉を、聞いてしまったような気がした。
 
「謝んなよ。聞こえたんなら丁度いい」

 顔を上げようとしないシグを、サカキはふわりと抱きしめた。
 そのままぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「あいつは……SEXに関するデータを集める為の、モルモットにされたんだ」

 一瞬サカキの唇が固く結ばれ、僅かな震えと共に再び開く。

「最後には、妙な薬を打たれてな……おかしくなっちまったんだよ」

 怒りを含んだ低い声が耳元を通り過ぎ、重苦しい沈黙が残された。
 その沈黙を、シグの声がおそるおそる破る。

「好き……だったんですよ、ね……」
「多分な」
「僕は……どうすればいいんでしょう?」

 ヒトの欲望の犠牲になった『シグ』を哀れだとは思う。
 変わり果てた彼の姿がトラウマとなって、サカキは新たな『レプリカ』に対する調整を望まなかったのだろう。

 彼に関する記憶を取り戻した今、サカキは誰を望むのか。
 身代わりなど務まるはずが無い。務めるつもりも無い。
 比較され、失望されたら、自分はどこへ行けばいいのだろう。

 だが返された答えは、シグの予期せぬものだった。

「どうって……お前、俺を好きなんだろ?」
「そ、れはそうなんですけど、でもっ……」
「だったら、張り付いてりゃいいじゃねぇか」

 サカキはシグを抱きこむ腕に力を込めた。

「こうやってひっついて、いつでも俺を振り向かせてりゃいい」

 歯を見せてにっと笑ったサカキの顔を、シグはまじまじと見つめていた。
 欠けていた記憶を取り戻したからなのか、雰囲気にどっしりとした安定感がある。
 自信に満ちた、ふてぶてしいまでの頼もしさは、以前のサカキには無かったものだ。

「……振り向かされるのは、僕の方です」

 シグは顔を上げ、真っ直ぐサカキに視線を向けた。
 いかつい顔に太い眉。どう見ても、美形の類の褒め言葉とは縁遠い。
 だが一見強面のこの男の笑顔が、意外に優しい事を知っている。
 そして今、その笑顔には、新たな魅力が加わった。
 離れる事など考えられなくなるほど、その笑顔はシグの心を魅了した。

 そしてようやく気が付いたのだ。
 サカキの想いが誰に向こうと、自分の想いは変えようが無いのだと。
 シグは自分の心の箍を外し、想いのままに振舞うと決めた。

「堂々として、頼もしくて、おまけに今夜は色気まで……素敵過ぎて目が離せません」

 うっとりと、潤んだ瞳でサカキを見上げて頬を染め、はにかむように身体を預けた。途端にサカキの鼓動が落ち着きを失くし、煩いくらいに耳に響く。

「ダイゴ?」
「……褒めすぎだ、馬鹿野郎」

 サカキは首から上を真っ赤に染めて顔を背けた。
 シグの背中に回した腕が、無意味に強ばり熱を持つ。
 先ほどまでの男っぷりは、一体何処へ消えたのか。

 正面突破が十八番のクセに、自分がされるのは苦手な所は、どうやら以前のままらしい。赤面し、それでもシグを抱えたままで、ぎくしゃくと大きな身体を揺らすサカキに、シグは自分の想いが届いている事を知った。

「ねえダイゴ。『愛してます』と言ったら、ずっと僕だけ見てくれますか?」
「!!!」

 上気したサカキの顔はますます赤味を強め、湯気でも噴き出しそうになっていた。ぱくぱくと開閉するだけで、言葉の出ないサカキの唇に、シグは初めて自分から、ねだるようなキスをした。


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