お終いの街3


PAGE20

 指一本がやっとかと思われた小さな入り口は、素晴らしい柔軟性を持っていた。
 挿し込む指が増えるに従い柔らかく拡張し、ぴったりと吸い付き奥へと誘う。
 指を抜き差しするたびに体温でゆるんだ潤滑液が、くちゅ、と卑猥な音を立てていた。

「ひぅっ……」

 前立腺を刺激され、グリンのペニスが触れられることなく精を放つ。
 放物線を描いて自分の腹に散った白い飛沫を、グリンは指ですくって口に運んだ。

「おいしいかい?」

 あむあむと自分の指を愛撫するようにしゃぶるグリンにセキエイが問う。

「自分のは……あんまりおいしくないです」
「それなら、またそっちの口で僕のを飲むかい?」
「ええっ! そんなぁ……」
「嘘だよ」

 くすくす笑いながら、グリンの中に収めたままの指先を動かす。

「んんっ!」

 果てたばかりのグリンのペニスがぴくりと反応したのを確かめると、セキエイはゆっくり全部の指を引き抜いた。そのままグリンの両脚を折りたたみ、腹の上に持ち上げる。

「自分で持って、開いてごらん」

 言われるままに自分の脚を膝裏でつかみ、グリンは自分の顔とアナルがはっきり見えるように、セキエイに向けて左右に大きく広げてみせた。

「僕が欲しい?」
「欲しいですっ」

 グリンは躊躇いも恥じらいも無く言い切った。
 切実な願いのこもった真っ直ぐな視線に、セキエイの胸が熱くなる。
 グリンの白い尻をなで、ひくつく入り口を宥めるように右手の中指を埋める。
 第一関節までを抜き差しさせながら、左手で自分の前を寛げようとして手を止めた。

「セキエイさま?」
「あ……と、ちょっとそのまま待っててくれるかな?」
「あの……」
「大丈夫。ちゃんとあげるよ? ただ、邪魔だから」

 ベッドから降りたセキエイは、シャツのボタンに手を掛けた。
 シャツを脱ぎ、ズボンのベルトに手を掛ける。
 手際よく衣服を脱いでゆくセキエイの姿に、グリンは我が目を疑った。


 セキエイはかつて「凶戦機」と怖れられた機械化兵士の部隊を率いていた。
 脳を含む頭蓋と脊髄以外の大部分が武器化された機械の身体だった時代がある。

 一線を退き、武器であった手足を人として暮らすための有機素体のパーツにつけかえたが、その肌には今でもいくつかの継ぎ目があった。

 過去の自分を恥じるように、セキエイは、己の肌を晒す事を嫌っていた。
 風呂場以外で、グリンがセキエイの肌を目にした事はない。
 そのセキエイが、服を脱ぎ捨てている。
 抱き合うのに邪魔だからと。


 成人男性の最盛期と言われる年代の、理想的な体型をモデルにした肉体は、無粋な継ぎ目さえなければ、誰の目にも美しいと映るだろう。

 金さえ積めば継ぎ目などいくらでも消せるというのに、それを潔しとしないセキエイの心根を知ったとき、グリンは彼に仕える自分を誇らしいと思い、同時に、彼がそれを人目に晒したがらない理由も理解した。

 だから着衣のままのセキエイに奉仕する事も、抱かれる事も、当たり前の事だと思っていた。


けれど今は――


「視線が痛いよ、グリン」

 食い入るように見つめるグリンに、セキエイが眼鏡を外しながら苦笑を浮かべた。
 その仕草にも、グリンは驚きを隠せない。

 後ろで束ねた髪を下ろしたセキエイが、困ったような照れたような、複雑な表情でベッドへと戻ってきた。

「僕の素顔もカラダも、キミは全部知ってるだろう?」
「お風呂でちらっと見るだけです……」
「ベッドの中だと、そんなに違って見えるのかい?」
「全然違いますっ! ……って、だって……ッ」

 頬を真っ赤に染め瞳を潤ませたグリンは、上手く言葉を探せず声を詰まらせた。

 抱いてもらえるだけで嬉しいと思っていた。
 裸の胸に抱き寄せられることなど、あるはずがないと思っていた。
 SEXをしようと思ってくれることさえ稀なのだから。

 セキエイの指が再びグリンのアナルに触れ、潤滑液がつぎ足された。
 挿入への期待に、グリンの幼いペニスはぴくんと勃ちあがった。

「お待たせ」

 セキエイのペニスが、気遣うようにゆっくりとグリンのアナルを押し開く。
 挿入の衝撃と快感に震えながら必死に脚を掴み続けるグリンの手に、セキエイの掌が重なった。

「離していいよ」

 セキエイの掌の下からグリンの小さな手が滑り落ちた。
 シーツを軽く掴み、腰を揺らし、セキエイを奥まで迎え入れる。

「セ……キ……エイ、さ、ま……」
「全部入ってるから、ゆっくり慣らすといいよ」

 セキエイ自身も身体を屈め、グリンの額の汗を唇でぬぐう。

「っや、ですッ……もっ……とッ!」
「ちょっ! グリン!?」

 するりと伸びた細い両腕がセキエイの首にすがりついてきた。
 浮き上がった背中を慌てて支えれば、今度は脚が腰に絡みついてくる。

「う、わ……」
「んっ! はぁ……もっと……いっぱい……」
「ッ! ま、ちなさい! いきなりじゃ……キミが……」

 サルの子供が母親にするように両手両脚でセキエイにしがみついたグリンは、自ら腰を使い始めた。

「グリン! 怪我をするからっ!」

 セキエイの制止の声すら聞こえないほど夢中になっているのか、グリンはセキエイの名を呼びながらひたすら身体を揺らし続けていた。

「……っさま……セキエイさま……あ……はぁっ……ッ!?」

 突然身体を持ち上げられ、ペニスが抜け出る感触に、グリンはようやくセキエイを見た。

「まったくもう……」
「あ……? どうしてっ」
「どうしてじゃないだろう?」

 小さな子供にするように目線で駄目出しをすると、胡坐をかいた足の隙間にグリンの尻をすとんと収めた。ペニスが触れ合うのも構わず細い身体を抱きすくめれば、息を詰めてしがみついてくる。

「この状況で落ち着きなさいと言うのも変だとは思うけど、ちょっと焦りすぎだよ?」
「だって……だって……」

 望む以上の状況に、グリンは自分にできるせいいっぱいで応えようとした。

 自分から積極的に動いてセキエイの快感を引き出す事ができたなら、きっとこれからも、こんな風に抱いてもらえると期待して。

「僕のために頑張ってくれたんだろうとは思うけど……
 僕は、射精をして終わりというSEXを、気持ちイイとは思わない」

 左手でグリンの背中を撫でながら、右手で二人分のペニスを握りこむ。

「どうして僕が服を脱いだか分かるかい?」

 優しく宥めるような言葉とは裏腹に、右手はペニスを擦り合わせるように上下に動いていた。

「キミが、僕に抱かれたいと思ってくれてるのが判ったから、脱いだんだよ?」

 セキエイはペニスを扱く手を止めずに、言葉を続けた。

「それなのにあんな風にされたら、さっさと終わった方がいいみたいだ」
「ちっ……違いまっ……はう!」

 まとめて握りこんだまま、今度はグリンのペニスの先端だけを弄りだす。

 仰け反る背中を抱え込み、包皮を剥いて露わにした小さな亀頭の小さな割れ目に指先を押し付けると、だらしなく開いた両脚がびくびくと跳ねる。強すぎる刺激は痛みすら感じ、意味のある言葉など紡げる状態ではないだろう。

「苦しいよね、つらいよね。キミがさっき僕にしたのは、これと同じ事なんだよ」
「え?」
「僕はもっとキミを感じていたかったし、キミにも僕を感じていて欲しかった」
「!?」

 セキエイの言葉で自分の過ちに気付いたグリンは、苦痛に近い快感を堪え必死に唇を動かすが、乱れた呼吸のせいで言葉にならなかった。それでもなんとか謝罪の意思を伝えたいと見開いた瞳からは、大粒の涙がこぼれて落ちた。

「……ごめ……っ……さい! ……っごめ……」

 グリンの涙にセキエイの手が止まる。

「……ごめん。こんなのは、違うよね」

 セキエイの身体からふっと力が抜け、グリンに触れていた手が遠ざかる。

「もう、やめにし……」
「いやですっっ!!」
「!」

 細い腕がセキエイの首にしがみつく。
 顔を見ようとしても、その腕はますますきつく絡みつき、離れようとはしない。

「い、いい子にしますからっ! ……だから、だから……ひゃぁッ!?」

 浮き上がったグリンの尻に、セキエイはペニスの先端を押し当てていた。

「うん。抱くのをやめるつもりはないよ」

 その口元に、小さな笑みが浮かぶ。

「いじわるするのをやめにしようと思ったんだけど……やめないほうがいいのかな?」
「っ!!」

 一度は離れた手が、尻を掴み左右に開く。
 先走りを塗りつけるように入り口の部分で円を描き、その先端がつぷりと埋まる。

「ぁ、んっ!」
「……おいで。抜き差ししながらゆっくりだよ?」
「は……ッ……は、い……んっ」
「呼吸を整えて……深く、ゆっくり……」
「はあッ……はっ……んぁ……はぁうっ……」
「そう……そこまで。一旦全部抜いて、今の呼吸でもう一度」
「あっあっ……んんんんっ!」
「まだ締めちゃ駄目だよ。キミに入ってる、僕の形や大きさを意識してごらん」
「ひあぁっ……!」
「奥の方が熱くなってむずむずしてきただろう? さあ、抜いて。
次は一番奥まで入れていいからね」

 言葉通りに時間をかけてセキエイを飲み込んでゆくグリンの全身が小刻みに震える。
 その背中にはあの紋様がくっきりと浮かび上がっていた。

「……セ、キエイ……さま……」
「まだだよ。もっと奥まで……わかるよね?」
「でもっ! ……あっ、あっ、ああああっ!」

 ためらうグリンの両脚をすくい、自重で根元まで飲み込ませると、前立腺への強い刺激に、嬌声が響いた。

「このほうが、ずっと気持ちいいだろう?」
「……っでも、止、まらな……はぅ!」
「もう少し頑張ってごらん。そうしたら、とびきりの快感をキミにあげよう」

 楽に呼吸ができるようにと、繋がりを保ったままでそっとベッドに仰向けに寝かせ、腰の下に枕をあてがう。止まらない快感に竦みあがり、こわばってしまった身体をリラックスさせるように、セキエイの掌がグリンの胸や腹をゆっくりと這う。

「息は深呼吸をするように。吐く時に、お尻の力を抜くんだよ。
 吸う時は少しだけ、締めてもいい。……うん、それくらいでとめて」

「あ……あああッ……はぁッ……セ、キエイっ、さまぁッ……あああ!」

「出さなくても、気持ちイイだろう? このほうがずっとイイと言う者もいるくらいだ。出してない分、何度でもイけるからね。キミももうすぐだよ」

 背中だけに浮かんでいた紋様が、腹や胸元にも浮かび始めた。

 呼吸に合わせて括約筋の伸縮を繰り返すたび、身体の奥から深い快感が引きずり出され、それに呼応するように紋様の現われる範囲が広がってゆく。

「いいよ。思いっきり締めて……んっ」
「ヒッ!? うあ……アッ……アアアアアアッ!!」

 ざわざわと全身で蠢いていた快感が、一斉に脳へとのぼりつめる。

「もっと感じていいんだよ……」

 グリンの呼吸に合わせて、セキエイはゆっくりと腰を使い始めた。
 締め付けるアナルから強引に引き抜き、吐き出す息に合わせて緩んだそこを再び穿つ。

 ――もっと感じて僕に溺れて
 ――僕でなければ駄目だと言って

 言葉にすれば簡単に叶えられてしまう願い。
 主人の願いに「NO」と答える『レプリカ』などいない。
 だからこそ、今まで口に出すことはなかった。
 肌をあわせてしまえば止まらなくなるから、薄布1枚隔てて抱いていた。

「グリン……僕のグリン……」

 コウの言葉で、グリンが自分を望んでくれたのだと知った。
 恋愛感情でなくても構わない。それが「特別」な想いであるならば。

「セ……キ……エイ……さ、ま……」

 一突きごとに絶頂へと導かれ、体力も限界に近いのだろう。
 全身の力はくったりと抜け、呼びかけに答える声は掠れていた。
 それでも快感の波は押し寄せているらしく、瞳は熱く潤んだままだった。

「気持ちが良すぎて、もう保ちそうにないんだ……いいかな?」

 グリンの両目が大きく見開き、途端に締め付けがきつくなった。
 その瞬間を待ちわびるように、グリンの腰がわずかに揺れる。
 その揺れに誘われるまま、セキエイの腰が大きく動き始めた。

「ああ……グリン……いいよ……いい……」

 肌のぶつかる乾いた音と湿った破裂音の合間を縫ってこぼれるセキエイの声が、グリンをより高みへと導いてゆく。

 求められている。
 自分の身体で感じてくれている。

 息つく間もなく突き上げられ、快感だけでは埋められなかった何かが満たされてゆく。

 セキエイが存分にグリンの中に精を吐き出した時、グリンもまた自分の腹に白い飛沫を飛ばしていた。

 共に昇りつめ、絶頂を迎えた二人の口から漏れたのは、安堵にも似た深く甘い溜息であった。



◆◆◆



「最後はちょっと無理させちゃったね。大丈夫かい?」

 裸のままベッドで力尽きているグリンの髪を、すでに服を着終えたセキエイがそっと撫でる。

「あんなの初めてだったから、気持ち良すぎて力が入らないだけです」

 自分から主人へ甘える事への罪悪感を感じながらも、今だけは許されるような気がして、グリンはセキエイの手をとった。頬をすり寄せると、優しく包み込むように撫でてくれる。

「へへっ」

 身体を拭われ、中のものもすっかり掻き出してもらい、快感の余韻は引いているというのに、気持ちは未だふわふわと夢心地で、疲れなど感じていなかった。

 目を閉じて掌の感触を味わっていると、唇をふさがれた。

(ええっ!?)

 柔らかく触れただけで離れていく唇を追いかけるように目を開くと、セキエイの穏やかな笑顔があった。

「あれ? 今のはキスのおねだりじゃなかったのかな?」
「お、おねだりだなんて、そそそんなっ!」

 慌てて起き上がるグリンの背に、着ていたシャツを脱いでかけてやりながら、セキエイの目が悪戯好きの子供のように笑う。

「いらなかった?」

 ぶんぶんと首を左右に振ったグリンの頬が真っ赤に染まる。

「ねぇ……グリンは、僕の事が好きかい?」

 虚しいと知りつつ何度となく繰り返した問いを再び口に乗せる。

 当たり前のように二つ返事で返される肯定の言葉も、今なら言葉のままに受け止められるような気がした。

 だが、弾むようなYesの返事は、すぐには返ってこなかった。

「グリン?」
「あっ……ああああのっ、えと……」

 頬どころか首筋まで真っ赤になったグリンが、わたわたと言葉に詰まっていた。

(どどどうしよう、いつもはすぐに「はいっ!」って言えるのにっ……)

 初めて逢った時から、こんなヒトに仕えたいと思っていた。
 新しい飼い主候補のリストにセキエイの名を見つけ、一も二も無く飛びついた。

 セキエイが自分に何を望んでいるのかなど気にしなかった。
 SEXの相手でも、家事手伝いでも、生体実験のモルモットでも構わなかった。
 側にいて役に立ちたいと、それだけを願っていた。

 迷いなど一つも無かった。それは今でも変わらない。
 セキエイに「好きか?」と聞かれて否という答えは有り得ない。

 それなのに即答する事が出来ない。
 「好き」という単語が胸を熱くし鼓動を早める。
 一つしかない答えを言おうと口を開いても、声が出ない。

「……今までで、一番嬉しい答えだ……」

 ぱくぱくと口を開け、酸欠の金魚のようになってしまったグリンを、セキエイは自分の胸に抱き寄せた。

「グリン。僕のグリン」

 グリンの額に頬にキスの雨が降りそそぐ。

「大好きだよ……キミだけを、愛してる」


since2002 copyright on C.Akatuki. All rights reserved.