お終いの街3


PAGE14

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 力を得るために、コウは自ら志願し軍の人体改造実験に被験体として参加した。
 実験は成功し、研究者たちの思惑をはるかに超えた能力をコウは発揮して見せた。
 実験の場はすぐに現実の戦場に移され、命令されるまま、目の前の標的を屠っていった。
 ヒトでありながら異形へと姿を変えるその様を、人々は「魔人」と呼んだ。

 最初のうちこそ命令に従い標的のみを屠ることに異存はなかった。
 だが身体の奥から突き上げてくる破壊衝動は、徐々に抑えがたく、抗いがたい欲求へと変わった。
 命令を無視し、目の前で動く者は敵味方を問わず手にかけるようになるのに時間はかからなかった。

 扱いきれなくなった実験体を処分するために、軍は一石二鳥の作戦を立案し、実行に移した。
 当時の軍の優先事項は、ラセンの一族の長の捕獲と『ラセン』の存在と能力を知る者の消去。

 『ラセン』に関わりのあった者たちの消去は「魔人」と化したコウや、セキエイを筆頭とする「凶戦機」部隊によりあらかた片付いていたが、肝心の長であるサクヤの捕獲は難航を極めていた。

 なぜならサクヤの住まう村は規模こそ小さいもののれっきとした独立自治区であり、そこを統括していたのはコウの父、タキ・ヒジリであったからだ。

 魔族との共存を訴える穏健派の筆頭であったタキの存在が目障りだった上層部は、彼の進言を聞き入れる振りをして彼の出身地を魔族との共存が可能なモデルケースとして指定し、統治を任せることで、軍本部との距離を置かせた。

 さらには連絡員と言う名の人質として息子であるコウを軍に入隊させることで、事実上、タキの発言権を奪う事に成功していたのである。

 不老不死の鍵を握る『ラセン』の存在を知るものが自分たちだけになりつつあったこの時期に、ラセンの長サクヤを庇護するタキと彼の統治する村はもはや障害でしかなかった。
 だが、一度は独立自治を認めた村に自分たちが攻め込み、サクヤを拉致することは出来ない。

 ならばどうするか。

 暴走し脱走した実験体が暴れまわって村を破壊しつくせば良いのではないか。
 その実験体が統治者の息子であるなら、暴走の原因がゲノムに関わる部分にあるのなら、ラセンの長自ら事態を収束させようと現れるのではないか。

 実験に参加したのはコウ自身であり、暴走したのも本人の資質が特異であったから。
 脱走先が故郷の村だったのは帰巣本能のなせるわざでろう。

 そんな子供だましの大義名分を掲げて、軍は「魔人」を彼の故郷の近くに放逐した。

 すべての騒ぎが収まった頃を見計らって到着した軍の上層部と研究者たちは、二度とこのような事件を起こさない為にも、アドバイザーとして研究に手を貸して欲しいとサクヤに懇願し、サクヤは村の再建をはじめとするいくつかの条件を提示し、軍への同行を認めた。



◆◆◆◆◆



「まいったな……」

 地平線の向こうに沈み始めた太陽を見つめ、コウは誰ともなしに呟いていた。

 砂漠の夜の訪れは早い。
 空にはまだ残照が広がっているというのに、辺りの空気は急速に冷え込んできた。
 もっとも冷え込んできたのは外気だけではなかったが。

 セキエイの明かす自分たちの過去の所業を聞くサキの顔を見ていられずに、コウはコンテナを抜け出した。咥えた煙草の灰が落ちるのも構わずに、ぼんやりと薄れゆく残照を眺める。


 ヒトと魔族の間には、本来、争いの種になるようなものは存在しなかった。
 地位も権力も覇権争いも、長い寿命を持つ彼らには何の価値も無い物であった。
 種としての能力や性質の違いを熟知していた彼らはヒトの行動に干渉するようなことはせず、短命な隣人たちとのひとときの関わりを物語の中の出来事のように楽しんでさえいたのだ。

 ヒトにとっては困難でも、魔族の能力を使えば簡単に解決できる事柄も数多くあった。
 そんな時、彼らはなんの躊躇いもなく自分の力を使ってヒトを助けた。
 自分にとっては呼吸をするのと同様の、けれど、ヒトにとっては驚愕に値する能力を、惜しげもなく披露していたのだ。打算や自己顕示欲ではなく、ごくごく当たり前の事として。

 困難に直面し、救われた者たちは素直に感謝した。
 しかし、ヒトを束ねる立場にある者たちにとってその行為は歓迎できる事ではなかった。
 またその能力を目の当たりにし、感謝よりも怖れを抱く者も少なからず存在した。

 良くも悪くも、ヒトとは異なる者として、魔族の存在はヒトの社会に浸透していった。

 ヒトの社会が成熟するにつれ、魔族の存在は権力者たちにとって都合の悪いものになっていったのだと、サクヤはよくコウに語って聞かせていたものだった。



 サクヤ―――


 蒼黒の髪、形良く尖った耳、翡翠色の瞳に強く輝く金色の虹彩。
 サキと同じラセンの一族の純血種であり、長である魔族の男。

 コウが物心ついた頃には、彼は、いつもコウの父の隣に居た。
 穏やかな物腰と陽だまりのような温かい微笑みは、幼かったコウの心に恋慕の情を抱かせた。
 父よりも自分を見て欲しいと願った事もあったが、それが叶わぬ願いである事はすぐに解った。
 恋愛の知識などない幼子の目から見ても、二人の寄り添う様は特別な間柄を感じさせたのだ。
 素直に、羨ましいと思った。同時に淋しい、とも。

 コウの父とサクヤは、コウの知る限り常に行動を共にしていた。
 だが現在、サクヤが軍に身を置いている事は知れたが、コウの父の消息を聞いたことはなかった。

 父とサクヤは『対の盟約』を交わしている。
 ラセンの一族に伝わる婚姻の儀式のようなもので、種族や性別による制約は一切無い。
 互いのゲノムの一部を共有することで、盟約を交わした相手はラセンの一族と同等の生命力と寿命を得る。

 複数の相手と同時に盟約を結ぶ事は出来ないため、新たな相手と盟約を結ぶ場合には、それ以前に盟約を交わした相手のゲノムを消去しなければならない。
 当然ながら相手に渡した自分のゲノムも消去するわけだから、その時点で相手の本来の寿命が尽きていれば、その者の命はそこで尽きることになる。

「まさか、な……」

 サクヤが軍の誰かと新たな盟約を結んだのだとしたら、父はすでにこの世にはいないであろう。
 寿命が残っていたとしても、サクヤの新しい相手が誰であれ父を生かしておくとは思えない。

 だが。

「それだけは、有り得ねぇな」

 幼い頃には仲睦まじいと憧れた二人の様子は、思春期を迎えた頃にはただの馬鹿っぷるにしか見えなくなっていたが、二人の結びつきは年を経るごとに、より一層強く感じさせられた。
 そんな二人が物理的な別離はあっても盟約そのものを破棄するとは考えられなかった。

 思考を中断させるように一陣の風が通り過ぎた。
 夜気を含んだ風はさすがに肌寒い。持ち出した煙草も残り少なくなった。
 コンテナに戻ろうと立ち上がりかけたその時、コウの背後でコンテナの扉が開いた。

「サキ……」
「外、寒くなってきたでしょ?」
「ああ、今戻るところだ。……話は済んだのか?」
「うん」

 コウと視線を合わせようとしないまま、サキは扉の脇に寄り、コウのために入り口を空けた。
 コウが中に入るとステップを外し、コンテナの中に収めて扉を閉めた。

「移動するのか。どこへ行くって?」
「軍の野営基地。砂漠の基地のあったところが今は、中継所みたいになってるんだって」

 どうやら今回の仕事では、どうあっても過去の自分と向き合わなければならないらしい。
 きっちりと扉をロックしたサキは、コウに背を向けたままその場に立ち尽くしていた。

 何をどこまで聞いたのか、かける言葉を必死で探っている様子のサキを、コウは黙って見つめていた。

 同情か軽蔑か――

 どちらにせよ、これでサキの自分に対する想いの行方は方向を変えてしまうだろうとコウは思っていた。

 力を得るために、実験に志願した事を後悔してはいない。
 だが結果として守りたかったはずの存在をその力で壊してしまった。
 その想いはコウを蝕み続けていた。

 サキが現われた事で、守りたかった存在が無事であったことを知り安堵はしたが、今度は別の罪悪感がコウを責め立てた。
 コウが壊した村は、サキにとっても故郷であったはずなのだ。



(―― 大きくなったらずっと一緒にいようね ――)

 幼い頃に告げた言葉は、盟約を意識したものであったが、今となってはそれを望む気持ちは無くなっていた。

 自分の故郷を破壊し同胞を手にかけた男を、それでも愛し続けてくれるとは思えなかった。
 最も、盟約を諦めた理由はそれだけではないのだが。

 サクヤに施された『封』のおかげでヒトとしての意識も肉体も保つ事が出来てはいるが、その効果が永遠である保障などどこにもない。
 サキと関係を持つようになって以来石の色が変わることはないが、右目の奥の痛みは以前より頻繁に起こるようになっていた。

 『封』の効力が完全に失われたなら、自分はもうヒトには戻れないだろう。
 その日がそう遠くない事を、コウは自覚していた。
 だからこそ、今回の仕事にサキが同行することを認めた。

 ヒトである間は、1分1秒でも長く、一緒の時間を過ごしたかった。
 ヒトである間だけ一緒にいられればいい。

 いつしかコウは、『封』の効力が失せた時は、サキに屠ってもらいたいと願うようになっていた。


 エンジン音が響き、トレーラーが動き出しても、サキは無言のままであった。
 それでも顔をあげ1歩を踏み出そうとしたところで、ふいに車体がガタンと揺れた。

「うわぁっ!?」
「っと」

 差し伸べられたコウの腕に、サキはすっぽりと納まった。




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「博士、今のわざとでしょ?」
「いやぁ、なかなかきっかけがつかめなそうだったからねぇ。」

 グリンの指摘に、ハンドルを握るセキエイが悪びれも無く答えた。

 コンテナ内部にカメラが設置されているわけではないが、扉が正常にロックされているかどうかと内部の人物の位置関係はモニタで把握できた。
 コウの苦悩を承知でサキに過去の話を暴露してしまった手前、多少は気が咎めたというところか、セキエイは、サキがコンテナの扉をロックしたあと身動きできずにいる理由を察して、わざと大き目のガレキを踏んでトレーラーを揺らした。

 サキがバランスを崩してよろければ、コウは自分の思惑など全部投げ出してサキを支えるはずだ。
 案の定、人物を示す二つの点は一箇所にまとまりひとつになった。
 そのまま中央に移動し、ソファのあるあたりで落ち着いたのを見届けると、セキエイは運転に専念する事にした。

「今度はなるべく揺らさないようにしてあげるんですか?」
「そういうこと。キミも盗み聞きしに行っちゃ駄目だよ?」
「わかってますよ〜。だって僕、サキさん大好きですから!
サキさんが嫌がることはしませんよ」
「おやおや。今のセリフはちょっと妬けるなぁ」
「博士だってコウ様が好きだから二人きりにしてあげてるんでしょ?」
「そうだと言ったらキミも妬いてくれるのかな?」
「まさかぁ。だって僕は博士のものですもん!」
「はは。そうだったね」
「はいっ」

 無邪気な笑顔で答えるグリンに静かな微笑を返したセキエイは、胸の奥の小さな痛みを黙殺した。





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