野営予定のオアシスの偵察に出向いていたシグが戻ると、大型トレーラーの後部からコウとサキの会話が漏れ聞こえていた。
「コウ……もう、コレ外し……てっ……」
「そろそろ限界か? 見せてみろ」
「痛っ!」
「ああ、動くんじゃない。ほら、手、どけろ」
「やっ! 弄んないで!」
(え!?)
セキエイ所有のこのトレーラーの後部のコンテナは、無骨な物資運搬用の外観とは裏腹に、その内部は狭いながらも快適な居住スペースに改造してあった。
当然ながらベッドも設置されているわけで、あらぬ想像を掻き立てられたシグは中に入ることが出来ずに、そのまま内部の様子をうかがっていた。
「手をどけて、ちゃんと開いて」
「ううっ」
「こんなに赤くなって……。動くなよ、取るぞ?」
「あっ!」
「次はコレだ」
「それナニッ!?」
「薬だ。やっとかないと後がつらいぞ?」
「ひゃぁッ、冷たいッ!」
(取るってナニをっ!? サキさん何か入れられてたの? いつの間にッ? ……どきどきどき)
シグが中の二人の会話を聞き取るのに夢中になっていると、背後から大きな影がのそりと近寄り、景気良くコンテナの入り口を開けた。
「おいっ!! 昼間っから、何やってんだ!!」
◆◆◆◆◆
「お前ら、たまってんのか?」
立ち聞きしていたシグと怒鳴り込んできたサカキにコーヒーを差し出すコウの傍らで、サキがしきりに両目を気にしている。
「うー……やっぱりまだ、なんかゴロゴロする……」
「あ、こら! こするなって言っただろう!」
コーヒーを受け取ったシグが、カップを口につけながら溜息混じりに残念そうに呟いた。
「コンタクト……だったんですね」
先日泊まった宿屋の女将がくれたコンタクトを試してみたのだが、慣れないサキは半日ほどで痛みを訴えてきた。
折悪しく突風にさらされ、砂まで目に入ってしまい、手当てのためにコンテナに入っていたところで、サカキとシグが偵察から戻ってきたのであった。
サカキは、両目を真っ赤に充血させて大粒の涙(実はあふれた目薬)をこぼしているサキを見て、あやうくコウに殴りかかるところであった。
「まぎらわしい会話しやがってッ……あちっ!」
「大佐猫舌なんですから、ちゃんとふーふーしないと駄目ですよ?」
「……冷静なツッコミが痛いぞ、シグ」
「僕が、ふーふーしてあげましょうか?」
「いらん!」
「ちぇ〜〜」
ばつの悪い空気をお互いへの冷やかしで誤魔化していた二人は、コウとサキに目を向けた。
そもそもあの二人の会話が紛らわしいからいけないのだ。
「今日はもう、入れるのは無理だな」
「今日はって……明日も入れなくちゃ駄目なの!?」
「少しずつ慣らした方がいいだろう?」
(主語を抜かすな、主語を〜〜ッ)
サカキの額にぴしっと青い筋が1本立った。
「自分で入れるのってなんか怖いし……」
「なら、俺が入れてやろうか?」
カップを握り締める手が小刻みに震え始める。
頭の中で必死に、“これはコンタクトレンズの話なのだ” と自分に言い聞かせるが、どこか甘えるようなサキの声音と低く囁くようなコウの話し方が、どうしてもベッドでの睦言を連想させてしまう。
わざとなのか、普段からこの二人はこういう会話の仕方をしているのか、行動を共にするようになって日の浅いサカキには判別がつかなかった。
「……痛くしない?」
「たっぷり濡らして優しく入れてやるよ」
コウの手がサキの顎を軽く持ち上げ、微笑みながら赤味の残るサキの目を覗き込んだところで、サカキの堪忍袋の緒が切れた。
「きーさーまーらーっっ!! いい加減にしろっ! この馬鹿っぷるがっっっ!!!」
壁を揺るがすほどの大音響にもかかわらず、返されたのは冷ややかな視線。
「聞いた? コウと俺が馬鹿っぷるだって」
「ああ聞いた。偵察任務の途中でどこぞにしけ込む奴に言われたくは無いな」
「なっ……なんでそれを!?」
しばしの沈黙。
「……うっわー」
「……お前、本当にそんな事してたのか」
「はっ!? ……え?」
カマをかけられたのだとサカキが気付くまでの数秒の間に、コウとサキは連れ立って外へと出て
行ってしまった。
「ちょっと待て! ああああれは仕方なく……」
「へーえ。仕方なく、だったんですか」
慌てて二人を追おうとするサカキの背中に、シグの言葉が突き刺さる。
「し、仕方が無かっただろうが! “あんなもの”見せられて、横にお前が居たんだぞ?」
「我慢ができなくなっちゃいました?」
「当たり前だ!」
頬を真っ赤にしながらきっぱりと言い切るサカキに、シグは堪えきれずに吹き出してしまった。
「そういう意味の『仕方がない』ならいいですよ。じゃ、僕シャワー浴びてきますね」
「なんだとッ!?」
「……何、うれしそうに驚いてるんですか。さっきのを洗い流してくるだけです。
変な期待はしないで下さいね?」
そんなだから「溜まってるのか?」とか聞かれちゃうんですよと言い捨て、シグは自分たちが使ったカップを簡易キッチンのシンクに置くと、シャワールームへと姿を消した。
「シグ、強くなったね」
「安心したか?」
「うん。……コウも?」
「まぁ、な」
コンテナの外、入り口のステップに腰を下ろしたコウとサキは中の二人に気付かれないよう小さく笑いあった。
「けど……。“あんなもの”って、なんなんだろう?」
「あいつら以上の馬鹿っぷるが先客で居たかそれとも……」
言葉を濁し眉間にシワを寄せるコウに、サキが疑問の眼差しを向ける。
「『ラセン』の精液は不老長寿の妙薬だって言われてるのを知ってるか?」
「……は?」
「一部のカルトな連中の間じゃ結構本気で儀式として確立してる」
「儀式って……その……飲むのが?」
「ああ。聖杯に注いで回し飲みしたり直接咥えたり、パターンはいくつかあるがな」
サキはコウの言葉通り、自分の精液が聖杯に注がれ恭しく飲み干される様や、厳かな口付けとともに自分のペニスが咥え込まれる光景を想像してしまい、悪寒に身を震わせた。
「……キモチ……悪い」
「お前にとってはそうだろうな。けど、無関係な他人が見たらただの乱交パーティだろ?」
「それが……“あんなもの”……?」
「『ラセンの民』とかいう連中がカルト集団だとすれば、だがな」
口元に手を当て吐き気を堪えるサキの肩を、コウの腕が抱き寄せる。
「リアルに想像するんじゃない」
「だって……もう想像しちゃったからっ!」
「だったら相手の顔を全部俺にしとけ。そうすりゃちっとは楽になるだろ?」
「全部……コウ……?」
「ああ」
脳裏に描いた光景の相手がコウになった途端、想像は妄想へと変わった。
全身に施されるのは、奉仕と呼ぶにふさわしい献身的な愛撫。
徐々に勃ちあがり形を変えるサキのペニスに欲情を覚えながらも、
コウの手はサキの許しが出るまでは決してそこに触れようとはしないのだ。
青ざめていた顔が赤く染まり、押さえていた口元はへらりと緩む。
太ももを撫でる手が躊躇いながらそこに近付き、
熱く潤んだ瞳が請うようにサキを見上げる。
『いいよ』
許しを得たコウの手がそっとサキのペニスを包み込む。
愛しげに口付けを繰り返し、緩やかに上下に扱かれる。
『もっと……強く……』
命じられるまま愛撫を強めるコウ。高まる射精感―――
「何がもっとだって?」
「うひゃぁッ!?」
現実に戻ったサキは慌てて脳内の光景を払うべく、両手で頭上をぱたぱたとはたいた。
コミカルな仕草にコウの頬が緩む。
くすり、と漏れた小さな笑みにサキが敏感に反応した。
「……だって!!」
「青くなったり赤くなったり忙しいヤツだな」
コウの口調はあくまで軽いものだったが、その手はサキの髪を優しく撫でていた。
サキも抗議の声を上げはするものの、コウの手を黙って受け入れていた。
「落ち着いたか?」
「……うん」
「目は?」
「大丈夫だよ。ほら」
至近距離で見開かれた翡翠色の瞳に、コウの胸は不覚にもどきりと跳ねた。
二人の視線がぴたりと合う。
コウの手がサキの顎に回り軽く持ち上げる。
サキの胸もとくんと鳴った。
「あ……の?」
「ん?」
近付く視線。
近付いてくるのは当然ながら視線だけではなく。
コウの顔が焦点を合わせきれない距離まで近付いたところで、サキはそっと瞳を閉じた。
頬に掛かる息を感じて無意識のうちに唇が開く。
「あーっっ!! またこんなトコでいちゃついてるーっ!!」
『!?』
二人の唇が重なり合うまさにその瞬間、グリンの声が響き渡った。
◆◆◆◆◆
「やっぱり馬鹿っぷるじゃねぇか」
「お前には言われたくないと言っただろう」
「仲が良いのはいいことです」
全員が偵察から戻り、遅めの昼食を取りながらの報告会となった。
オアシス周辺の担当だったサカキらの目撃した集団は、やはり『ラセンの民』の一行であるとの認識で一致した。ラセンの一族の血族に連なる者と、一族を崇拝する者との混成集団であり、互いの精液を与え合う行為を日常的な儀式として行っているということも判明した。
「それって早い話がSEXですよね?」
「俺の同族って何人くらいいるんだろう……」
「僕が見た限りでは一人だけのようでしたよ。それにSEXとはちょっと違うかな」
シグの発言にコウが疑問をはさんだ。
「一人? 成人か?」
「いえ。年恰好はサキさんと同じくらいでしたね」
「俺と?」
「ええ」
「そいつは、本当に『ラセン』なのか?」
コウの言葉には、有り得ないという響きがあった。
「コウ?」
「あ、いや……」
「どこかで取りこぼしがあったということでしょうかね? 僕もコウ君も」
言葉を濁したコウに、セキエイが追い討ちともいえる言葉を投げかけてきた。
「博士、それは……!」
「知っておいた方がいいと思いますよ?」
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