コウの手のひらがゆっくりとサキの肌を撫でる。
いつもの手順のはずなのに、初めて抱かれた時のようにサキの心臓は高鳴っていた。
―――“お前に酔いたい”―――
熱の篭った瞳に見つめられ、耳元に甘い声で囁かれ、全身の血が逆流したようだった。
視線に縛られ、身動きがとれない。
パジャマの前ははだけられ、下などとっくに脱がされていたが、いつ脱がされたのかも判らないほど、サキは動揺していた。
ゆるやかな愛撫は、触れられた部分からさざ波のように快感を広げ、じわじわと伝わる熱が、腰の辺りに疼きを溜める。
頬は火照り、速まる一方の鼓動に息をするのさえ苦しい。
酔わせてくれと言ったコウの言葉にサキの方が酔わされた。
コウの囁き一つで、サキのペニスは一気に勃ち上がってしまった。
「お前の方が、酔っ払いみたいな顔してるぞ」
抱き起こし、パジャマを剥ぎ取ったコウの指がサキの胸の突起を摘み、弾く。
「ぁんッ!」
鼻に掛かったような甘い声を漏らすサキに、コウは満足気な笑みを浮かべた。
キスをねだるサキの口元に、唇の代わりに指を這わす。
差し出された手を両手で掴んだサキは、乳飲み子のようにその指先にしゃぶりついた。
息を乱し、性器を口にしているのと同じ動きで舌を絡めるサキは、口元から唾液が零れるのも構わず、舌先を弄ぶように動くコウの指を追いかけていた。
酔いたいと言ったコウが、汗一つかかずに余裕たっぷりな仕草で酔わせるはずの自分を追い上げているのが悔しい。手先の愛撫だけで翻弄される自分の身体が情けないと嘆くサキであったが、コウの指先は、性器以外のサキの感じる部分を次々と見つけ出しては快感の扉を開いていった。
発情期の時のような即物的な快感など比ではなかった。
五感の受けとる刺激のすべてが快感へとスイッチされてしまう。
投げ出した足にこすれるシーツの感触さえもが自分を煽る。
全身が性器になってしまったような感覚に、サキは恐怖すら覚えた。
「な…に…これ…。こ、んなの…」
「気持ち良過ぎて怖くなったか?」
「だっ…て…」
キスもまだしてないのにと呟くサキに、コウは思い出したようにサキの顎に手をかけた。
「あ、あ。…お前は…大丈夫なんだったな」
「!」
思わず零れた言葉で、サキはコウの愛撫の意味を理解した。
キスだけで死んでしまう『レプリカ』もいると聞いた。
これは、そんな『レプリカ』のための愛撫なのだろう。
「悪い…。ちょっと、思い出してた」
「シグって子の事?」
「…ああ」
おそらく、コウが初めて自分の意思で、死なせるために抱いた『レプリカ』の少年。
「『レプリカ』の子達って…、こんな風に抱いてもらったんだ…」
「まぁ…な。性感マッサージみたいなもんだが、前戯としちゃ上出来だろ?」
そう言ってコウが口元に浮かべた微かな笑みは、泣いているようにも見えた。
サキは膝立ちになると、コウの頭をそっと自分の胸に抱き寄せた。
「…サキ?」
「あ…んまり、動かないで…。結構、ぎりぎりだから…」
火照った肌と跳ねるような心臓の音が、サキの言葉を裏付けていた。
視線を落とせば、張りつめたペニスの先端が溢れた液体で濡れそぼっていた。
「無理するな。達かせてやるから」
「まだ…ちょっと…待って」
「サキ?」
「ん」
サキの髪が、視界の隅でざわりと動いたように見えた。
コウの顔を両手で頬を挟むようにして持ち上げたサキは、コウの唇に自分の唇を重ねた。
ねっとりと纏いつくような誘いのキスに、コウは軽い目眩を覚えた。
抱き寄せようとするコウの手を制したサキは、腰を下ろすと両手を後ろについて脚を広げた。
差し出された性器に、コウの視線が吸い寄せられる。
「いいよ。…来て」
魔性の響きを含んだサキの声に、コウは背筋がぞくりと震えた。
だが、思わず見上げたサキの表情は、瞳の金色が強めに輝いている以外は、いつものサキであった。声だけ聞いていれば淫魔の囁きとしか思えないのに、その頬は羞恥の色に染まっている。
コウは、気付かぬ振りをして四つん這いでサキの股間に這い寄ると、うやうやしくペニスの先端に接吻けた。
「んッ!」
サキの身体がびくんと震え、接吻けを受けた先端からは新たな滴が滲み出した。
ちろちろと滴を舐め取るコウの耳に、切れ切れになったサキの声が届いた。
「…全部…飲んで。…酔わせて…あげ…る、から…」
小さくああ、と呟いたコウは、根元から先端までを舌全体で味わうように何度か舐め上げてから、口内にそのすべてを収めてサキの絶頂を促した。
「んぁっ! あっ、あっ、あぅっ、んんっ、あああっ!」
コウの唇で扱かれたサキは、程なくして絶頂を迎えた。
サキの言葉通りすべてを呑み込み、先端に残る最後の一滴まで吸い上げたコウは、ぐったりと横たわるサキの髪を撫でてやった。
はぁっと満足気な溜息を漏らしたサキは、期待と不安の入り混じった表情でコウを見つめた。
「…どう?」
「は?」
「……駄目? 効き目…無い?」
自分の精液を媚薬に変えたとでも言うのだろうか。
コウの答えを待つサキの顔は、まるで新しいレシピの料理を出した時のようで、久しぶりに見るサキのそんな表情に、コウの心は軽くなり、自然に顔がほころんだ。
「サキ…。お前、可愛いな」
「え? ………ええええっっ?」
予期せぬ言葉を返されたサキは一気に赤面し、うろたえた。
耳の先まで真っ赤に染めて取り乱す姿がたまらなく愛しい。
そういえば、こんな風に気持ちを伝えた事は無かったと、今更のようにコウは気付いた。
子供の頃は会うたびに、大人の男達の真似をして、口説き倒していたというのに。
あの頃のサキも、好きだと告げるたびに、頬を染めてうろたえていた。
どうしようもなく心が軽い。込み上げてくる笑いを堪えきれない。
くっくと喉の奥で笑うコウに、サキの頬はますます赤くなった。
「コウ! 俺の事からかってるのっ?」
「まさか。可愛いから可愛いと言ったんだ」
「〜〜〜〜〜〜もうっっ!」
飛び起きて抗議の声を上げたものの、どうしていいか判らず顔をそむけるサキに、拗ねるなよと言いながらコウは背中から抱きついた。
「サ・キ」
「知らないよ、酔っ払い!」
「酔わせたのは、お前だろう?」
ぐっと言葉に詰まるサキをしっかりと腕の中に収めたコウは、サキの首筋に顔を埋めた。
「コウ?」
「…愛してる」
「!」
「お前だけだ」
「………〜〜〜〜ッ」
サキを抱くコウの腕に滴が落ちた。
聞こえてきたのは小さな嗚咽。
「サキ」
優しく呼ばれて振り返ると、コウの唇に涙を吸われた。
「コ…ウ…。俺…俺っ…」
呼びかけるのが精一杯で、すぐに涙声になるサキを、コウはもう一度自分の胸に抱き寄せた。
「ずっと…一緒にいような」
「…うん…いる…ずっと…ずっと…っ」
あの日答えることのできなかった約束の言葉を、サキは泣きじゃくりながら何度も答えた。
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