窓に当たる雨音は静まりはじめたというのに、ベッドの軋みは時を追うごとに激しくなっていった。
サキは、途切れそうになる意識を必死で繋ぎとめながら、コウを受け入れていた。
夜半過ぎにずぶ濡れで帰宅したコウは、出迎えたサキの差し出すタオルなど見向きもせずに濡れたコートを玄関先に脱ぎ捨てると、サキを担いで寝室へ直行したのだった。
噛み付くようなキスでサキの白い身体に無数の赤い花びらを散らしたコウは、サキの準備が整うのを待たずに己の欲望を衝き立てた。
痛みに耐え切れず声を上げるサキの口に引き剥がした下着を捻じ込み、逃れる事のないようにと、左右の手首を、破り捨てたシャツを拾ってそれぞれの足首に縛り付ける。
痛みを快楽へとすり替えようにも、コウの動きは自分自身の絶頂を追い求めるばかりで、サキを気遣う様子は見られなかった。
サキは出来る限り全身の力を抜き、コウの吐き出す精液で体内が潤うのを待った。
最初の絶頂までを持ちこたえれば後はどうにかなると、サキの身体は知っていた。
雨に打たれ冷え切ったコウの身体は、何度絶頂を迎えようと熱くなる事はなかった。
サキの中に吐き出す精液は、内壁を焼き尽くすかと思われるほど熱くたぎっているというのに腰を抱え込む手は死人のような冷たさだった。
……“あいつら”みたいだ……
突き上げられる衝撃に呼応して、記憶の断片がフラッシュバックする。
それがいつの出来事で、場所がどこかなのかは判らない。
ただ、自分はいつもこうして荒ぶる”想い”を身体で受け止め鎮めていたのだと知る。
固有の形があるわけではないそれらは、真夏の井戸水のような冷たさでサキを覆いつくしていたがひとたびサキの体内に入り込むと、焼き尽くすような熱と圧倒的な質量をもって暴れ回った。
サキはただ、自分の中を駆け巡るそれらを黙って受け入れていた。
浮かび上がる光景は遠く、それが自分なのだという実感は薄い。
それでもコウに責め立てられるたびに目にする同じ光景に、心のどこかで、”ああそうか”と納得してしまっていた。
自分が鎮めていたモノがコウの中に封じられている。だから自分はここにいるのだ。
それが、自分に与えられた役目なのだから、と。
役目を果たすだけなら感情はいらない。ただそこに居ればいい。
そこに居て、求めに応じて身体を差し出せば事足りる。そう、今のように。
「う……。あぁ……」
(っ!? ……やばっ!)
満ち足りた安堵の息を漏らしたコウの身体が、糸の切れた操り人形のようにサキの上に崩れ落ちてきた。
「……ぐっ!」
手足を拘束され不自然な体勢でうつぶせにされていたサキは、コウの全体重を背中に受け、その衝撃は、肩と胸に嫌な痛みを残した。
(く…っそ。重…た……い)
すべての欲望を吐き出したコウは、そのまま深い眠りについていた。
サキが転がすように押しのけても、静かな寝息が乱れる事は無かった。
コウの身体に体温が戻っているのを確かめると、サキは自分で手足の戒めを解き、口に詰め込まれた下着をとった。
「はぁ〜〜〜〜っ……」
深い溜息の後、深呼吸を繰り返し全身のダメージを確かめる。
(肩は外れずに済んだけど、アバラが……いったかな)
呼吸のたびに痛む胸を押さえて立ち上がると、辺りに散らばった服の切れ端を集めて陵辱の痕跡を片付ける。手にした布片で尻をぬぐうと、ぬるりとした液体に赤い筋が混じっていた。
「あ。やっぱ切れてる……。しみたもんなぁ……」
他人事のように言葉にするのは、自分に対する精一杯の強がりだった。
だがその強がりも、バスルームに到着するまでだった。
ぬるめのシャワーを頭から浴びているうちに、張りつめていた意志が、お湯と共に流れ落ちていった。
両手を壁につき、ぐらつく身体を支える。
うつむいた拍子に、涙が頬を伝って落ちた。
「……い…じゃないか……。願いが……叶ったん…だから……」
拾われた時からずっと、コウの役に立ちたいと思っていた。
コウにとって必要な、できることなら無くてはならない存在になりたかった。
『特別』な、世界で唯一の存在になれたなら、と願い続けていたのだ。
今の自分は、間違いなくコウに必要とされている。
コウがヒトとしての正気を保つ為には、自分の力は、無くてはならないもののはずだ。
「違っ…の……に。こんな…じゃ……なかっ…のに……」
望んでいたのはこんな関係ではなかった。
欲しかったのは、頬を撫でる温かい手と、自分の名を呼ぶ優しい声。
(好きになってもらいたかったのに……)
己の命を握る相手に好意を抱ける者が、一体どれだけいるというのだろう。
「コウ……。俺を…嫌いにならないで……」
ずるずると床に膝をついたサキの背中が、小さく震えていた。
◆◆◆◆◆
「……何やってんだか……」
モニタには、バスルームでうずくまるサキの白い背中が映し出されていた。
細い指先がキーを叩くと、画面はコウの寝室に切り替わる。
泥のように眠るコウの姿を見つめる視線は、冷ややかだった。
録画終了のメッセージを確認したナギは、画面を自宅の防犯カメラに切り替え、肩に掛かる髪を手の甲で払いながらプレイ用の寝室へと向かった。
完璧な防音設備の整った部屋からは当然ながら何の物音も漏れてはこない。
が、扉を開いた途端、幼い喘ぎ声が響いてきた。
「どう? 出たの?」
「いえ。性的興奮による体温の上昇で現れるはずなんですが……」
ベッドの上でライに犯されているのは、回収してきた『レプリカ』の少年だった。
コウに嬲られていた時にはくっきりと紋様を浮かべていた背中が、今は白いままだった。
「クスリで煽っちゃ駄目なのかしら……ったく、面倒な事してくれるわね」
「このまま続けますか?」
「今日はもういいわ。少し回復させてから、別の方法で試してみましょ。抜いていいわよ」
「はい」
ライのペニスから解放された少年は、そのままぐったりとベッドに突っ伏し、意識を失った。
「この子の部屋は、どうしますか?」
「とりあえずは、ここに置いといていいわ。この子のサイズに合う服と、一応鎖も用意して」
「承知しました」
昂ぶったままの自分のペニスを気にも留めずに、ライはガウンを羽織ると部屋を出て行った。
「さて、と」
少年を仰向けに寝かせたナギは、医師らしい手つきで脈をとり、全身の傷の具合を確かめる。
純粋な魔族ほどではないにしろ、『レプリカ』の治癒力は人間よりも高い。
多少の擦り傷や打撲なら、一晩眠れば痕も残らない。
現にコウに縛られてついた縄の跡は、薄くなり始めていた。
ヒトゲノムの解析やクローン技術の発達により、百年程度であったヒトの寿命は、倍以上に延びた。
老化を抑制し、古くなった臓器や皮膚を新しい物と取り替える事により20〜30代の外見のまま世紀をまたいで生き続けている者も、今では珍しくなくなっていた。
それでもヒトは、さらなる寿命を、ひいては不老不死を望んだ。
『レプリカ』はもともと、魔族の持つ永遠に近い寿命をヒトに組み込む為の生体実験の、失敗作のようなものであった。
「種の寿命なんて、とっくに終わってるってのに……」
固体の寿命が延びるにつれて、新生児の出生率は低下していった。
新たな命に次代を託す必要などない。自分が生きていればいいのだから。
生殖の義務から解放されたヒトが、性の快楽を同性に求めるようになるのに大した時間はかからなかった。
有り余る時間は精神の堕落を生んだ。
自分に代わる労働力として、あるいは歪んだ欲望の対象として、『レプリカ』は一般市場に出回る事になった。
「何も知らずに死んでいく方が、幸せだったかもしれないわね」
ナギの手が少年の髪に触れる。
コシのない、やせた緑の髪は、萎れた草のようだった。
「まさか……ね」
指先に感じた微かな違和感を無視できずに、ナギは少年の髪を1本引き抜くと、ライが戻るのを待たずに足早に部屋を後にした。
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