お終いの街2


序章

 雷鳴を従えた光が闇を引き裂き駆け巡るたびに、一瞬、室内に冷たい光が満ちる。
 時折差し込む光に浮かび上がるのは、大股開きで吊るされた白い裸体だった。

「あっ…ああっ!」
「どうするんだ? 聞き分けの無い事を言ってると、いつまでもこのままだぞ」
「しら…知らない…んです。ご主人さまに聞いてくだ…ああああぁっ!」

 問い詰める男の手が、少年の尻に挿し込んであるバイブをぐるりと回し、さらに奥へとねじ込んだ。

「そのご主人様が、お前に預けたと言ってるんだ。どこにある?」

 少年の張りつめた性器は根元で縛られ、欲望を吐き出せずにいた。
 先端に滲む液体が涙のように伝い、尻からにじむ血液と混じり、糸を引いて床に落ちる。

 資料に添付された写真と顔が違うのは、流行りの顔に整形でもされたのだろう。
 額に埋め込まれた大きな宝石以外は、出荷当時の面影などどこにも残っていなかった。
 少年は、外見だけは魔族の特徴を持ってはいるが魔族としての特異能力を持たない、いわゆる 『レプリカ』 と呼ばれるヒトによって生み出された奴隷種だった。

 生まれた時からヒトに対する絶対的な服従心を植えつけられた彼らは、ヒトに逆らう術を知らない。
 主人に口外厳禁の命令を受けているのなら、殺されると判っていても口を割る事はないだろう。

「もう一度だけ聞いてやる。ご主人様から何か受け取ってないのか? 言えば達かせてやるぞ?」

 少年の性器をやんわりと握り、先端を親指の腹で円を描くようにこねる。

「ひっ! ……何も……頂いて…ませ……ん。
頂いたのはこの……顔、と身体だ…け……あ、ああっ!!」
「……なるほど」

 男の手が閃くと同時に、少年を吊るしていたロープが切れた。
 荷物のように転がった少年の背にライターの炎がかざされる。
 絶頂を堰き止められた身体は上気し、暗号めいた紋様が白い肌に浮かび上がっていた。

 前髪を掴み顔を上げさせ、額の宝石にも光をあてる。
 IDを読み取る刻印のほかに、奥のほうに光を反射する物質が埋め込まれていた。

「歩くデータバンクか。生かしておいて正解だったな」
「見つかりましたか?」

 物音を聞きつけたのか、一人の男が部屋に入ってきた。

「そっちの首尾は?」

「必要な情報は入手しました。この館の主が不幸にも突然の心臓麻痺で死亡した以外は、問題ありません」
「心臓麻痺……ね。 ”電気使い” にしちゃ、安易過ぎじゃないのか?」
「外は嵐ですから。この区域は送電線が地上に出てますので、あちこちで断線して電気が漏れてるんです。風呂上りに何かのスイッチに触れて感電しても、誰も不審には思いませんので」
「奴と寝たのか? ライ?」
「同じ質問をお返ししますよ。コウ様?」
「『レプリカ』だぞ、コイツは。ヤってたら生きてるわけがないだろうが」

 互いの顔を見合わせもせずに口先だけの軽口をかわすと、コウはベッドのシーツを剥ぎ取り、縛ったままの少年を頭まですっぽりくるんでライに渡す。

「……連れて帰るんですか?」
「『それ』が、データだ。額の宝石を外せば、外部接続用の端子があるはずだ。
パスワードは背中の刺青の中。ただし、体温が上がらんと読めないようになってる」
「ここでそれを取り出すことはできませんか?」
「言っただろう。俺がやったら死んじまうって。
単に体温が上がれば浮き出るってわけでもないらしいんでな。
お前がやるなら、浮き出たパスワードのメモぐらいはとってやるぞ」
「……パスワードはひとつではない?」
「コイツの主人ってのは相当自分のテクに自信があったらしいな」
「……前戯もろくに出来ない男でしたが……」
「……お前の前戯の基準が歪んでるんじゃないのか?」

 ライは眉間を僅かに寄せただけで、それには答えようとしなかった。

「まぁいい。嵐がおさまらないうちに引き上げるぞ。車は?」
「予定通りに配置してあります。コウ様は北側の車をお使い下さい。私は西から出ます」

 ライの差し出したキーを黙って受け取り頷いたコウは、先に出ようとして足を止め振り返った。
 身体を拘束されたまま視界まで遮られた少年は、ライの腕の中で怯え、すすり泣く声が漏れていた。
 頭と思しき場所をぽんぽんと軽く叩いてやると、泣き声がぴたりとやんだ。
 そのまま首筋に手刀を当て、意識を絶つ。

「悪かったな」

 力の抜けた細い身体にコウはぽつりと呟いた。

「彼も、こんな姿で捨てられていたんですか?」
「何の話だ」
「思い出したんでしょう? 何日会って無いんですか?」
「……お前、そんなに刻まれたいのか?」

 一瞬で辺りの空気が凍りつく。

 ライは、ナギから近頃のコウにサキの話はタブーだと言われていた事を今更ながら思い出していた。

「……失礼いたしました」
「先に出る。結果は俺の端末に入れておけ」
「はい」

 深く頭を下げたライを残し、コウは足早に部屋を出て行った。

 雨音にまぎれたかすかなエンジン音が完全に聞こえなくなるまで、ライはその場を動けなかった。


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