お終いの街1


初夜2

◆◆◆◆◆

『大人になったら迎えに来るね。』

 薄茶の瞳の少年が、顔一杯の笑顔で語りかけてくる。

『僕がそこから出してあげる。そしたらずっと一緒にいようね。』

 少年の姿も声もはっきりと判るのに、その差し伸べられた小さな手のひらの感触だけが感じられない。
 何かが二人の間を阻んでいた。

『大人になるまで待っててくれる?』

 頷く事はできなかった。
 自分には、役目がある。
 そのために、生まれた。

 ここから出るのは役目につく時。役目についてしまえば、すべてを忘れてしまう。
 もしも大人になった少年と出会えたとしても、自分は、きっと気付けない。
 判ってはいたけれど、それを伝える事はできなかった。

 少年の沈んだ顔は見たくなかった。
 だから、微笑うしかなかった。


   ――ごめんね――


 せめてその髪を撫でてあげたかったけれど。



◆◆◆◆◆


 サキの頬を涙が伝った。

「大丈夫か?」

 コウの手が優しく頬を撫で、涙をぬぐう。

「あ……俺。今……寝て、た?」
「正確には失神してた、だけどな」

 起き上がろうとするサキをそのまま押し留め、毛布をかけてやりながら、コウが答える。

「まさか、もう朝!?」

 とりあえず達かせてくれと、コウが言ったのは覚えている。
 そのあとの衝撃も、快感も。
 身体の中に熱いものが注がれ、自分も熱を吐き出した。
 目の前が真っ白になり、そこで記憶が途絶えている。
 一体どのくらいの時間が経過してしまったのだろう。

「そこまでは。でもまぁ、じきに夜が明ける。いいからこのまま寝ちまえ。起きたら風呂、やってやるから」

 苦笑混じりの顔で、コウはサキの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。

「寝ろって……。だってコウ、とりあえずって言ってたじゃないか!ホントはまだ全然満足してないんだろ?」
「あー……。まぁ……な。どうにか鎮まってきたから……。無理はしなくていい」

 ぽんぽんと、子供を寝かしつける時のように、サキの肩口を軽く叩く。

「無理してるのはコウの方じゃないか! 我慢なんかするなって言っ……痛てっ!」

 コウの手を払いのけて飛び起きようとしたサキの動きが止まる。

「……腰、痛いんだろ? 他のところも」

 笑いを含んだコウの声が頭の上を通り過ぎる。

「う……」

 唐突に、先ほどまでの自分の体勢を思い出したサキは、耳まで真っ赤に染めて絶句した。

「慣れるまでは仕方ないさ。それじゃ無理だろ?」
「む、無理じゃないっ!」
「おい!」

 痛みを堪えて膝立ちになったサキは、そのままコウに覆いかぶさるように倒れこんできた。

「無理じゃない。無理なんかしてない」

 サキを受け止める為に仰向けになったコウの股間に、サキの太腿が触れた。
 コウの背筋に甘い疼きが走る。

「……ったく、寝た子を起こすような真似しやがって……責任とれるんだろうな」
「とる! とれるから! だから…もう、我慢しないで」

 やっとその気になってくれたのに。
 自分ひとりが昇りつめて、ワケが判らないまま意識まで手放して。
 このまま終わっていいはずがない。まだ何も伝えていないのに。

 サキの手のひらがぎこちない動きでコウの頬を撫で、緊張に震える唇がそっとコウの唇に重なった。コウにしてもらったのと同じように、ゆっくりと唇を吸い上げ、恐る恐る舌を挿し入れる。
とまどう舌先を、コウのそれがゆっくりと誘い、やがて互いの舌が絡み合う。

「ん」
「んん……」

 コウは、両手で腹の上に乗せたままのサキの腰から背中をゆっくりと撫で上げ、両肩を軽く抱きしめてから、サキの頬にその手を移して、そっと唇を離した。

「……上出来」

「あ……」

 今まで見たことのない、蕩けるようなコウの笑顔に、サキの顔が一気に綻んだ。
 もう一度、とねだるようにコウの顎がわずかに上下する。
 一瞬驚きに目を見開いたサキであったが、すぐにしっかりとコウの身体に馬乗りになると、今度はためらうことなく、両手をコウの頬に添えて唇を重ねた。

 コウの笑顔が嬉しくて、もっと自分をねだって欲しくて、サキは深いキスを繰り返した。
 腹の間に挟まれた自分のモノが、熱を持ち始めたのが判る。
 かがみこんでキスをするたびに、擦られ、質量を増していく。
 甘い疼きに思わず腰が下がると、尻にコウの固くなったモノが当たった。

 自分の中を貫いた熱い感触が蘇る。
 胸が、とくん、と鳴ったような気がした。

「……コウ……。俺、なんか……アツ……い……」

 コウの腹に馬乗りになったまま、サキは両手をコウの胸につき、小さく身体を震わせた。

 はぁ、と吐き出す息に甘さが混じり、瞳がうるんでいる。
 相変わらずの細身だが、拾った時よりは幾分肉付きが良くなり、肩口から流れ落ちる髪も、艶やかさを取り戻していた。ここ数日、時折見せていた悲愴とも思えるような表情も、今はない。
 かすかに見え隠れする不安そうな気配は、単に慣れない快感のせいなのか、それとも……

 薄桃色に上気した肌を、コウの手のひらが慈しむように撫でる。

「ぁっ……」

 ゆったりとした下からの愛撫に思わず声がこぼれた。

「両手を上げて、頭の後ろで組んでみろ。……そうだ。そのまま、動くなよ」
「あ……あぁっ! ……はっ……あぁ……あ……は……んんっ!」

 コウの指先が、サキの乳首を擦り、摘み上げる。
 腰から崩れてしまいそうになるのを、サキは必死でバランスを取りながら背筋を伝う快感を堪えた。
 縛られているわけでもないのに、腕を下ろす事ができない。

 膝が震え、目が回る。脳みそを手づかみで掻き回されているようだった。

「手、おろしていいぞ」

 コウがサキの背中を支えながら起き上がった。
 サキの腰を抱き寄せ、胸元に唇を這わせる。
 下ろした腕の行き場を探してサキの手が空を掴む。

「つかまってろ。しがみついてもいいから」

 サキは、乳首を吸い上げているコウの頭を抱きかかえるようにそっと腕をまわした。
 そのまま髪を撫でてみると、下からふっと笑うような息が漏れた。

「これ、キライ?」
「いいや……。気持ちイイもんだな」
「うん。俺もコウにこうされるの……好き……だから……」

 指を髪に埋め、梳くように撫でる。
 何度も、何度も。


  ――やっと、触れた……――


「ん? ……なんか言ったか?」
「え? 俺?」

 突然の問いかけにサキの手が止まった。

「いや……声が、聞こえた気がしたんだが」
「?」
「ま、いいか。さて、と」

 愛撫の手を止めたコウが、ベッドの脇のテーブルに置かれた小さなビンに手を伸ばした。
 蓋を開け中身を手のひらに取ると、体温に馴染ませるように、軽く両手で擦り合わせる。

「ほら、尻、こっちに向けろ。解すぞ」
「そそそれ、何? いきなり変な気分になっちゃったりしない?」
「……ただのマッサージ用のローションだ。風呂場にも置いてあるだろ」

 手のひらをサキの鼻先に向けて開いてみせる。
 馴染みのある甘い香りが、サキの疑惑を解きほぐす。

「なんだってそう、変な知識ばっかり……」
「だってナギが……」
「……出入り禁止の期限、延長決定だな」
「あ、あは、は……」

 うつ伏せになりながら、サキが力のない笑いを漏らす。
 ローションのついた手がゆっくりと尻を撫で、割り開き、入り口へと侵入してくる。

「んっ」

 2度目だからなのかローションのおかげなのか、異物感はあるものの、痛みはさほど感じなかった。
 ゆっくりと抜き差しされる指の動きに、腰が従う。
 軽口で醒めかけていた熱が、奥からじんわりと戻ってきた。

「さっきより、気持ち、いい……かも」
「お互い、切羽つまってたからな」
「コウ、も?」
「当たり前だ。あんな顔で、あんな風に言われて、落ち着いてなんてできるわけないだろ」
「ごめんね」
「何が」
「うん。なんとなく」
「謝るのは、多分、俺の方だと思うぞ」
「なんで? ……んぁっ……」

 引き抜かれた指と入れ替わりに、コウが一気に入ってきた。

「あ……はぅ……う……あぁ……」
「今度は、達っても起きてろよ」



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