お終いの街1


初夜

「んっ……は……ぁ……」

「そんなに緊張しなくていいから……。もっと肩の力抜け」

「あ……。う……ん……」

 いつもより少し熱を持った大きな手のひらが、サキの背中をゆっくりと撫でる。
 繰り返されるキスは甘く、優しい。
 気がつけば、互いの衣服はすでに床の上に脱ぎ捨てられていた。

 コウの部屋、コウのベッド。
 拾われたばかりの頃はいつもここで眠っていた。

 コウがこの街に来た時にナギが引っ越し祝いに置いていったと言う大きなベッドは、二人が並んで横になっても充分な広さであったが、サキはいつもコウの胸に顔をうずめ、コウのパジャマの胸元を握り締めて眠りについていた。
 初めのうちは朝になってもコウはそこにいてくれた。だがいつからか、目覚めると距離をおいて眠っている背中を目にするようになった。
 程なくしてサキには個室が与えられ、一人の夜が訪れた。

「このまま寝ちまうか?」

 裸の胸を合わせたままで寝かされる。
 枕に頭を沈めると、微かにコウの匂いがした。
 胸いっぱいに吸い込むと、涙がでそうになった。

 それほど時が経ったわけではないのに、サキは懐かしさのあまり、泣き出しそうな顔をしていた。

「怖いなら、無理しなくていいんだぞ」

「ちが……う。コウのベッド……。久しぶり……だから……」

「そう……だったな」

「うん」

 背中に回されていた腕が抜かれ、シーツが肌に直接触れる。
 冷んやりとした感触が心地いい。
 コウの手が髪を撫で、頬に下りる。キスが深く、熱くなった。

 コウの舌がサキの舌を誘い、吸い上げる。
 胸から腹、腹から腰、腰から太腿の内側へと、手のひらが這い指先が蠢く。

 コウが触れる場所から感じていたじんとした痺れが、徐々に一つの渦になり、全身へと波紋を広げてゆく。広がった波はやがて、身体の中心へと集まり、煮えたぎるマグマへと姿を変えた。留まる事を知らぬ熱いうねりは一気に火口へと昇りつめ、白い飛沫となって噴き出した。

「……よっぽど溜め込んでたみたいだな」

「……あ? ……え?」

「気持ち良かったか?」

「何……今の。俺、なんで?だってまだ……」

 まだ直接触れられてもいないのに、目の前が真っ白になった。
 心臓は今も、飛び出しそうな勢いで脈打っている。
 体中の力が抜けて思うように動けない。
 サキは、コウの顔を見上げるのが精一杯だった。

「次はもう少し粘れよ。……その方が……快感も深くなるから」

 笑いを堪えた顔が降りてきたかと思うと、耳元で低く囁かれた。
 そのまま耳たぶを甘噛みされ、今度はコウの舌が、先程と同じ道筋を辿って下りてゆく。
 より強い、ぞくりとするような刺激が背筋を駆け抜け、サキは身震いした。

「ま、待って! 俺、まだ、心臓ばくばくいってて、力、入んなくて、だから……」

「いいんだよ、それで」

 そう答えるコウの声は、すでにサキの下腹のあたりから聞こえてくる。
 脱力したままの両脚はあっさりと左右に広げられ、中途半端な角度で揺れていたペニスをぺろりと舐められた。そのまま根元まで咥え込まれると、頭でそうと理解するより速く腰が跳ねた。

 唇がゆっくりと上下に動き、舌先が先端に残っていた滴を舐め取っているのが判る。

「ひゃぅっ……それ、駄目っ……また熱……く……っっ……」

「息を詰めずにゆっくり吐き出せ。熱が散るから」

「はぁっ……はっ……はっ……あぁ」

 薄い胸板と腹筋が上下する。
 一点に集約した快感が、再び全身へと行き渡ってゆくのを、サキの手と爪先の震えで確認したコウは、充分に張りつめたペニスを解放し、両手で尻をつかんで割り開くと、中心の穴へと舌を進めた。

 すぼめた舌先でひとつひとつの襞を舐め広げれば、固い蕾も徐々にほころぶ。
 赤味を帯びてぷっくりと膨らんだ蕾は、開花の時を待つばかりとなった。
 コウは自分の中指を唾液でたっぷり湿らせると、蕾の中心へと挿し込んだ。

「ああぁっ……だ、駄目……あぅ……ぅぁ……」

「大丈夫だから、腹から息を吐いてみろ。ゆっくりでいい。……そう。いい子だ」

 サキの呼吸に合わせて緩む内壁を、前立腺を目指してゆっくりと探る。

「ゃあぁっ! コウっ、そこ……やっ……駄目っ! コウっっ!」

「刺激が強すぎるか? だが、これをやっとかないと続きは無理だからな」

 サキの意思に反して腰の震えが止まらない。
 広げられたままの両脚が、コウの指が動くたびに、だらしなく跳ね上がる。

「も、ヤダっ……。お、俺ばっかり、こんな……こんな変になっ……てっ……コウ……は、平気な……かお、してる、な……ん……んあぁっ!」

「そう、でも、ないさ」

 いきなり指が引き抜かれ、身体の中にぽっかりと穴が空いた様な感覚が残された。

 たった今、もう終わりにして欲しいと願ったばかりだというのに、いざ無くなってみると、身体の一部が欠けたような、どうしようもない頼りなさと不安に襲われた。

「お前、柔軟体操……得意だった……よな?」

「……な……に?」

「悪い。とりあえず、達かせてくれ」

 意味の判らない質問に一瞬気の抜けたサキの身体を、コウは、膝裏をつかんで折り畳み、入り口に自分のペニスを押し当てた。そのままサキの身体に覆いかぶさるようにしながら腰を進める。

 指とは比べ物にならない異物感に、サキの身体は反射的に硬直する。
 肛門が、鉄の輪でも填め込まれたような硬さを感じ、太腿の内側が攣りそうになった。

「痛っ! 痛いっ! 痛いーっっ!!」

「いっ……痛っ……。ば……か。腹に、力入れるな。くっ……!」

「うぅ……」

「大丈夫だから……。さっき教えてやったろう?腹から息を吐け……そうだ、もう一度。ん……」

 ようやく根元まで納めきった時には、サキの目に涙が滲んでいた。
 シーツをきつく握り締め、コウに言われた通りの腹式呼吸を必死で繰り返す表情は、快楽とは程遠い、苦痛に満ちたものだった。

 コウは体重をかけ過ぎないようにしながら片手を伸ばし、サキの髪を撫でてやった。
 いつものように手のひらで頬を包み、親指で涙を拭ってやると、眉間のしわが少し緩んだ。固く閉じていた瞼が開き、涙で潤んだ瞳が、申し訳なさそうにコウを見上げる。

「抜くか?」

 額に汗を滲ませながら、それでも優しく問いかけてくるコウに、サキはふるふると首を横に振り、両腕をコウの背中に回しながら大きく深呼吸をした。
 間近で見るコウの胸板は、普段よりずっと、広く感じられ、鎖骨の窪みや二の腕の筋肉の盛り上がりが、コウが大人の男なのだと言う事を、サキに実感させた。

 自分の中に埋め込まれているコウの存在を意識した時には、痛みは遠くなっていた。
 痛みと入れ替わりに訪れたのは、形容しがたい疼きだった。
 身体の奥で何かが蠢いているような、ぞわぞわとした感触。

「はぅっ……」

 得体の知れない感覚に、思わずコウにしがみつく。

「煽るな、莫迦。……なるべくゆっくり動く努力は……してみる……が……すまん」

 コウはサキの腰を抱えなおすと、腰を使い始めた。
 努力の努の字も感じられないうちに、コウのペニスは速度を増して、一定のリズムでサキの中を行き来する。

 内壁を擦られ、衝かれ、サキの身体は上下に揺さぶられた。
どこかに飛び出してしまいそうな、あるいは深い谷底に落ちてしまいそうな、奇妙な浮遊感がサキを襲う。

「あっあっあっ……コ、ウっ……落……ちるっ……落っこっちゃう!」

「安、心、しろ……。俺も、一緒に落ちて、やる、か、らっ……」

 コウの手が、サキのペニスを握り、同じリズムで擦りあげる。

「コウっ……コウっ……ぁ……あ……ああああっ!」

「くっ……!」

 サキの中でコウが大きく脈打ち、体内に熱がばら撒かれた。
 同時にコウの手の中のサキも熱を吐き出していた。



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