お終いの街1


封印3

「逆って、どういうこと?」
「ああ? ま、簡単に言えば、キレかかってた俺をお前が止めたんだ」
「嘘!」
「嘘じゃない。お前が俺に貼りついて一緒にコケた時、俺の周りの空気が変わったんだよ。それだけで俺ん中からはみ出しかかってた奴がアッサリ引っ込んだ。本当ならひと暴れしてもおかしくないくらい頭に血が昇ってたのにな。あんな事は今まで一度もなかったぞ」

 ぽんぽんとサキの頭を軽く叩いてコウが告げる。
 だが、サキはどうにも腑に落ちないといった表情で疑問を口にした。

「だったらなんで、いつもは俺がそばに行くと困った顔してたんだよ?
俺が近付くと『封』が解けそうになるから、困ってたんじゃないの?」
「あー……。あれは……だな」

 極まり悪そうにコウの視線が泳ぐ。

「俺はちゃんと説明したんだから、コウも説明してよ。
もしかして……俺に、触られるのが嫌……なの?」

 最後の方は消え入りそうな声になっていた。

「……それも逆」
「え?」
「逆だから、困ってたんだよ。俺の理性は石の『封』ほど根性座ってないからな」
「コウ?」

 サキは意味が判らないといった表情をしたまま、コウに言葉の解説を要求していた。

「つまりだな。こういうのは――― ……嫌いじゃない」

 今日だけで何度抱きしめられたのだろう。
 コウは、言葉に詰まるたびにサキを抱きしめていた。
 その抱擁は回を重ねるごとに遠慮が消えていき、より強く、熱を帯びたものへと変化していた。

「なんで……? 困ってたのは我慢してたから? どうして我慢なんかするんだよ。俺はしてくれって言ったのになんで……」

「『してくれ』とは言ってたが、『したい』とは言わなかっただろ。仕事の為のリハビリや、家賃代わりのSEXなんて俺は御免だ。その気になってもいない身体を差し出されたってやる気になんかならん。
今だって……何も感じちゃいないだろうが」

 何も感じていないわけではなかった。

 心臓は先ほどからずっと早鐘のような鼓動を続けていたし、頬だって熱い。
 コウの胸は広くて暖かくて、ずっとこうしていたいと思う。
 サキはただ、こうしていられるだけで充分だった。

 想いを繋げる為のSEXを知らないサキには、これ以上の深い触れ合いなど想像できなかった。

 サキにとってのSEXとは、相手の欲望を受け入れ昇華させる儀式でしかなかった。
 自分自身が欲情し相手を欲するなど、考えたこともなかったのだ。
それを「感じていない」「その気になっていない」と評されても、サキは困惑するだけであった。

「お前、欲情したことあるか?
体が火照ってどうしようもなくなって、自分で自分を慰めたことがあるか?
そもそも、自分を慰めるってのがどういう事かも判ってないんじゃないのか?」
「そんなの……。俺、なんにも覚えてないのに……」
「自分の性別まで身体が忘れたわけじゃないだろう。お前ぐらいの年の男なら、三日も溜めてりゃ夢で暴発したって不思議はないんだぞ? ウチにきてから今日までそれすら無いって事は、見た目よりも中身が子供だって事だ。そんな相手を自分が欲情したからって、そうそう押し倒せる訳がないだろう」

 傷つけたくない。失くしたくない。今度こそ。

 精神的な負荷は『封』を揺るがせると承知で、堪えていたのだ。
 まさか、たかだか3ヶ月禁欲しただけでこうまで脆くなるとは思いもしなかったが。

「だったら、教えてくれれば良かったじゃないか。身体まで子供なわけじゃないんだから。
俺の身体なんて、もう、とっく……にっ」

 コウのシャツを握り締めた拳が震えていた。

「そんな言い方をするんじゃない」

 いつものように、大きな手のひらがサキの頬を包む。
 それだけで、涙が出そうなほど嬉しい。

「なんにも感じてないなんて言わないでよ。こんなにどきどきしてるのに。ちゃんと確かめてよ。
俺、コウに抱きしめられて、すごく嬉しくて……気持ちいいの……に、? ……んっ!?」

 コウの顔が近付いてきたと思う間もなく、サキは柔らかい何かに唇を塞がれていた。
 それがコウの唇であると気付いた時には、もう離れるところだった。

 一瞬のキス。

 至近距離で視線が絡み合う。

「コウ……」

 サキの腕がおそるおそるコウの首へと伸びる。

「ちゃんと、教えてよ。我慢なんてしないで、確かめてみてよ。でないと、俺……
もう、どうすればいいのか判らな……い……からっ……」

 首筋にしがみついた腕が、震えていた。



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