お終いの街1


封印2

 ゆっくりと時間が過ぎていった。
 窓の外の景色が赤みを帯び始めても、コウはサキを離そうとはしなかった。

 祈るように、縋るように、堪えるように。

 コウは怯え傷ついていた。
 コウ自身の右目に関わる事柄であろう事は推測できたが、それが一体何なのかまでは、サキには判らなかった。

――こんなナリだが、一応ヒトだ――

 訳アリだと見せられた右目には、眼球と同じ大きさの石が填め込まれていたのだった。

 初めて目にした時には綺麗な緑色をしていたその石が、先程は赤味がかった鈍い光を放っていた。元に戻ったとサキは告げたが、正確には赤味が若干引いたに過ぎなかった。

 あの日のような輝きは、今は見るかげもなくなっていたのだ。

 サキは唐突にある事実に思い当たった。
 サキと共に暮らすようになってから、石は輝きを失くしはじめたのではないのか、と。

 魔族とヒトとの違いは見た目の相違だけではない。魔族には、ヒトにはない特異な能力があるのだと教えられたが、自分の名前以外に過去の記憶を持たないサキは、自分の能力もその使い方も知らない。もしや知らないうちに自分の特異な能力とやらがコウに悪影響を及ぼしているのでは、と。

 そう考えれば、コウが自分を抱こうとしなかったことにも納得がいく。
 側にいるだけでも影響があるのだとすれば、互いの身体を繋げ合うSEXなど、下手をすれば命に関わるのかもしれない。

 サキと同族の知り合いが居るとコウは言っていた。だから拾ったと。
 ならば、サキの能力がどのようなものかも知っているはずだ。

 だが、ここまで考えてサキは新たな疑問にぶつかった。

 コウの異変の原因がサキの力にあるのなら。
 それをコウ自身も知っていたとするのなら。

 今、こうしてコウの腕に包まれている現実はどういうことなのだろう。

 自分にとって害になる存在ならば、そもそも拾ったりはしないだろう。
 なのに何故、コウは自分から災厄を背負うような真似をしたのか。

(俺が何も思い出せてないから?)

 もしかしたら、記憶があれば簡単に制御できるものだったのかもしれない。

(俺が今のまま一緒にいたら、コウは……)

 記憶がないのだから仕方が無いと、ずっと我慢していたのではないか。
 苦しいのを我慢して、うなされる自分を抱きしめてくれていたのかもしれない。
 今だって本当はつらいのではないか。

 身体を売る事にあれほど反対していたのも、コウに対してだけでなく、ヒトにとって害になる力を持っているからだとしたなら納得がいく。

 記憶が戻らないことには、危なくて飼う事なんてできない。かといって今更、害が及ぶのを承知で放り出すわけにもいかない。だからただ、何もしなくていいと言われて置いておかれた――

きっと、そういうことなのだろう。

「もう、離して……」

 真実とは対極の結論に達してしまったサキは、自分から身を引いた。
 そっとコウの胸を押し戻す。
 このままでは、またコウに苦痛を与えてしまうかもしれない。

「あ、ああ。すまなかった」

 サキの言葉に我に返ったコウははっとして、身体を離した。
 あわてたようなその素振りが、サキの推測を確信に変える。

「俺の……せい……なんでしょ?」
「サキ?」
「俺が居るから、コウの……目……っ」

 サキの両目から涙がこぼれた。

「俺……俺が……俺の力……ご……め……」
「何を言ってる? 何の事だ? っておい!」

 コウは泣きじゃくりながら部屋を走り出て行こうとするサキの腕をつかんだ。

「っ! 駄目っ! 離して! でないと……コウが……」
「落ち着け! 何の話をしてるんだお前は。何でお前が謝るんだ?」
「…って……俺の所為で……い…石が……色……」
「石の色が変わったのが、お前の所為だって言うのか?」

 コウの腕を振り解こうともがくサキの切れ切れの言葉に、コウは驚きを隠せなかった。
 確かにきっかけはサキの存在であったが、サキが悪いわけではない。
 謂わば身から出たサビでしかないのだから、サキが気に病む必要などないのだ。

 コウは、なおも振り解こうと力を込めるサキの腕を唐突に手放した。
 勢いあまったサキはそのまま床に転がる羽目になった。

「っ! うわっ」
「離したぞ。で? 何がお前の所為なんだ?」

 派手な音を立てて倒れこんだサキを、コウはひょいと抱き上げリビングのソファに放り投げ、続いて自分も隣に腰をおろす。

「判るように説明してもらおうか。お前、ここに居たいんじゃなかったのか? 居候なんかじゃなく、『ちゃんと』飼って貰いたくてごねてたんだろ? それがなんだっていきなり俺の目の話になるんだ?」

 憮然とした表情のコウと毒気を抜かれて半ば呆然とした表情のサキ。
 二人の視線がかち合い気まずい沈黙が流れた。

「……で?」
「……」
「黙ってちゃ判らんだろう」
「……俺……の力……」
「ん?」
「魔族って……ヒトにはない能力があるって……」
「ああ」
「俺、自分の能力って覚えてなくて……使い方とかも判んなくて……だから……」

 コウの視線を外すように俯いたサキは、ぽつぽつと話し始めた。

 初めて見せてもらった時よりも、石の色が褪せていること。
 色が褪せるにつれてコウの機嫌が悪くなっていったこと。
 自分がコウに触れようとすると、困ったような顔をしていた事。
 ナギが口にしていた『封』という言葉。

「……それで、お前が俺の『封』を解いちまうんじゃないか、と?」
「……うん」
「だから一緒に居るわけにはいかないと思った? また繰り返すかもしれないから?」
「…………う、ん……」

 サキの、膝の上で握りしめた拳が震えていた。
 コウは、深い溜息とともにバリバリと頭を掻くと、その手をサキの肩に回して抱き寄せた。

「違うって……。お前は何も悪くない。どっちかっつーと逆だ」

「え?」



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