お終いの街1


約束

 コウはゆっくりと、しかし、躊躇うことなく挿入ってきた。
 圧倒的な質量と膨大な熱量を伴って。
 内壁を押し広げられる圧迫感をのがしながら、サキは深い息を吐いた。

「は……ぁ……」

 尻を割っていたコウの両手が、崩れかけていた腰を持ち上げ引き寄せる。
 最奥への刺激を受けて、サキの両腕は、自分の上半身を支えきれずにシーツの海に沈んだ。

「あっ……は……ぁ……ああぁっ……」

 コウのペニスを根元までしっかり咥えこんでも、サキは苦痛を感じているようには見えなかった。
 それどころか、次の動きを催促するように、内側からきゅっと締め上げてくる。
 乱れた髪の間からのぞく横顔は紅潮し、うっすらと開いた唇からは甘い吐息が漏れ続けていた。


 慣れている。


 記憶を失くしているために最初は戸惑っていたようだったが、失神するほどの快感が、身体に沁み込んでいたSEXの感覚を呼び覚ましたようだった。

 コウが動かずとも、サキは自分で腰を揺らし、快感を追い始めていた。
 サキの能力の源を思うと、コウの胸がちりと痛んだ。

「……コ、ウ……?」

 僅かに上半身を持ち上げたサキが、肩越しに、潤んだ瞳でこちらを見上げていた。
 挿れただけで積極的に動こうとしないコウに焦れたのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。

「俺……やっぱり、どっか……おかしいの?」
「なんだそりゃ。何か、思い当たる事でもあるのか?」
「俺って……生まれつきの、インランなんだって……だから……あっ!?」

 サキの言葉を最後まで聞かず、コウは覆いかぶさるようにしながら腰を突き入れた。

(あいつら……ッ)

 内心で舌打ちしながら、微かに震える白い背を抱きしめる。

「だから、誰に突っ込まれても感じまくって腰を振るんだろうって?
スキモノ過ぎて誰とでもヤリまくるから、誰にも飼ってもらえないんだろうって?」

「っ!? ……ど……して……知っ、て? ……はあうっっ!」

「決まり文句だからだよ。うぶな奴ほど真に受けて、抵抗する気が、失せてく、から、な」

 これ以上あの時のコトを思い出させないよう、コウは腰の動きを速めた。

 あんな目に遭ったというのに、『売り』をやると言い出したのは、自分を犯した男達から浴びせられた言葉が頭から離れなかったせいなのだろう。

 生まれついての淫乱、スキモノ。

 心がいくら否定しようとしても、昨日今日の短期間に慣らされたわけではないこの身体なら、苦痛を快感にすり替えて、自分を守ろうとしただろう。

 襲われたから記憶を失くしたのではない。
 記憶を失くしていたから、襲われたのだ。

 そのことを、サキに気付かせたくはなかった。

「だって……。あの時、俺、気持ちよかったんだ……」

 熱に浮かされたように、サキがつぶやく。

「怖くて、痛くて、嫌だったのに……だんだん頭がぼーっとしてきて……
気がついたら――もっと……って、言ってた」

 コウの動きに併せて腰を揺らしながら言い募る。

「言わされたんだよ。お前の意思じゃない」
「でも! イ、ヤラシイ身体してる……って、慣れてるって……」
「決まり文句だと言っただろう。奴らは誰にでもそう言うんだよ」

 サキの身体の向きを変え、不安が滲む瞳を見つめ返してやる。
 お前は悪くない。お前のせいじゃない。

「もう2度と、奴らと会うことはないから、安心しろ」
「コウ?」
「ナギが手を回した。お前を犯した連中は、もうこの街には居ないから」

 この街どころか、すでに世界のどこにも存在していない。
 ただの肉片に成り果てた奴らの身体は、今頃はどこかの工場で、囚人用の固形食にでも加工されていることだろう。

 移植や実験に使えるような状態で残してやったパーツなど一つも無い。
 固体識別の手続きさえ無ければ、その場でミンチにして灰になるまで燃やしてやったところだ。

「コウ……ちょっと、苦しい……」
「――っと、悪い」

「俺、変じゃないの? 今、すごく、気持ちがイイんだ。あの時なんかよりずっと良くって、
もっと良くなりたいって思ってて……。身体が……勝手に動き出しそうなんだ……
こういうのって、インランって言うんじゃないの?」

「そうなってくれてなかったら、俺の、立場がない」
「え? ……あ! ごめ、そうじゃなくて……ちょっ……うわ!」

 サキを抱きしめたまま、コウはごろりと横に回転した。
 上下が入れ替わり、勢いで繋がりが解ける。

「動きたいんだろ。いいぞ」
「動くって……。だって抜けちゃった、し……」
「入れなおせよ」
「み、見えちゃうじゃないか! コウに、……全部」
「なにを今更。さっきからずっと、穴の奥まで丸見えだったぞ?」

 耳や頬だけでなく首筋まで真っ赤になったサキは、何とか言い返そうとするのだが返す言葉が見つからず、口をぱくぱくさせるだけだった。

「来いよ。……サキ」
「あ……」

 名前ならいつも呼ばれているのに、サキの胸は高鳴った。
 自分の名前が、特別な呪文のように聞こえる。
 コウの声に促されるまま、サキは、自分の中にコウのペニスを迎え入れた。
 自分の身体の重みでより深くまで入り込む感触に、サキの全身は震えた。

 コウの視線が全身に絡み付いてくる。
 下卑た貶めるような視線ではなく、美術品を愛でる蒐集家のような熱い眼差しが、固く尖った乳首に、先端に蜜を湛えて揺れるペニスに、惜しげもなく注がれていた。

「サキ……」
「はっ……あぁ……」

 身体の奥から湧き上がる、甘く痺れるような疼きがサキの全身に染み渡る。
 腰を揺らせば、水面に広がる波紋のように、次々と快感が押し寄せてくる。

「あっ、っふ……コ、ウ……あぁ」
「それでいい。怖がるな。お前の中に居るのは俺だ」
「うん。怖く、ない。コウがいっぱいに入ってる。身体だけじゃない。
頭の中も、胸の奥も……コウでいっぱいになってる……
熱くて、溶けそうで、すごく……うれしい」
「そうか」

 満たされた、至福の表情で快感に身を任せるサキの姿に、コウは目を細めた。


――ずっと一緒にいようね――


 今からでも間に合うのだろうか。

 迎えに行けなかった。
 約束の場所は、どこにも見つからなかった。
 すべてが夢だというように、忽然と消えていた。

 こんな身体になったから、見つけることができないのだと思った。
 右目と引き換えに得た力は、血にまみれていたから。
 最後に見た微笑が、未来を見越していたように思えた。

「コウ……。このまま、達きたい。コウと……一緒に……」
「一緒……に?」
「うん。一緒がいい」

 覚えていないのなら、それでいい。

 コウはサキの動きに併せて腰を突き上げた。
 サキのペニスに手を添えてタイミングを計る。

「あっ……ああっ」
「もう、少し……我慢しろ」

 サキの根元をきつく握り締め、自分を追い立てる。


  守れなかった約束を、全て無かった事にして。
  許されるのならもう一度。


「い…くぞ」
「あうぅっ! コウっ! コ…あああっ」

 下からの突き上げにがくがくと揺すられ、崩れ落ちる身体を抱きとめる。
 肩で息をしながらも、サキの意識はしっかりとしていた。
 目を閉じて、呼吸を整えながらうっとりと余韻にひたる表情は、心底満足しているようだった。

 ゆっくりと繋がりを解くと、サキはコウの脇に滑り降り、身体を寄せてきた。
 腕枕をしてやりながら、抱きしめる。

「俺……良かった?」

 コウの腕に包まれたまま、サキは、顔を上げずに小さく訊いた。

「ま、またしてもいいな、って、思ってくれた? 俺の事、飼ってもいいかな、とか……」
「お前はどうなんだ? さんざん恥ずかしい格好させられて、嫌になったんじゃないのか?」

 顔にかかる髪を掻き揚げてやりながら、俯いた横顔を覗き込む。

「俺、俺はっ!」
「ん?」
「き、訊かないでよ! いいい今の方が、はっ恥ずかしいん、だ、から……」

 ぎゅっと目をつぶり、コウの胸に隠すように顔を埋める。

「あ、あんな声出して……腰とかも振っちゃって……。き、嫌われたらどうしようとか思っても、気持ちよくて止められなくて。だから、だからっ……」
「良かったよ」

 耳元に囁くように低い声で答える。

「……その言い方、なんかイヤラシイ…」
「聞いてきたのはお前だろう?」
「もう! 俺が聞きたいのはそんなんじゃなく……て……んっ」

 抗議の声はキスで塞がれた。

「一眠りしたら、買い物に行こう。揃いのパジャマでもマグカップでも、欲しいなら買ってやる」
「それって……!」
「居るんだろう? 俺と」

 居てもいいという許可でもなく、居て欲しいという希望でもなく。
 ここに居るのが当たり前なのだと思えるような、肯定を前提とした確認。

「うん! 居るよ! 俺、ずっと……ずっとコウと一緒に居る!」

 上気した頬に広がる満面の笑み。
 瞳の中の金色が、ひときわ明るくその輝きを増した。

「ああ」


 今度こそ、離れない。離さない。
 誰の手にも渡さない。
 それが、運命という名の神の手であったとしても。

 抗う者……己に課せられたその名のままに。


END



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