シャワーを浴びて下準備を済ませた由貴也は、やや緊張した面持ちで、リビング脇のドアの無い部屋へと足を踏み入れた。
「あれ?」
「俺の寝室はこっち」
隣の部屋へと続く、もう一つのドアの無い出入り口の向こうから、三枝の声がした。
「こっちって、プライベートな寝室なんじゃ?」
きょろきょろと見回しながら、呼ばれるままにベッドの脇へと歩み寄る由貴也の問いかけに、肩を落とした三枝の溜息がかぶる。
「プレイ部屋云々の認識は捨てろって」
「あはは。すいません」
「全部脱いでから上がって来い」
「らじゃ」
着替えにと借りたTシャツとトランクスを手早く脱ぎ捨て、そそくさと三枝の隣に上がりこむ。
ベッドに入るまでは気付かなかったが、三枝もすでに下まで脱いでいて、由貴也は少し驚いた。
「なんだ、脱がしたかったのか?」
視線の意味を正確に読み取った三枝に指摘され、由貴也はまた少しうろたえる。
熊男と対峙していた時もそうだった。
唸ったのは心の中だけのはずなのに、馬鹿犬と言われ、デコピンをくらったのだ。
「俺、そんなに判り易い……すか?」
「余計な詮索しなくていいから、楽でいい」
見たまんま、丸判りということらしい。
「それじゃ、お手並み拝見させてもらおうか」
「あ、よ、よろしくお願いしま……ぶっ」
「挨拶なんて萎えることしてねぇで、さっさとしゃぶれ?」
下げた頭をそのまま股間に押し付けられ、由貴也の背筋がぞくりと戦慄いた。
「なんてな」
今まさに、咥え込もうと口を開いた瞬間、ぐいと髪を掴まれ戻される。
「……あ、の?」
「やっぱ無理」
「え……」
由貴也の顔から、ざっと血の気が引いた。
途端に三枝の顔が苦笑に揺れる。
「そうじゃねぇよ。俺にはSのスキルなんてねぇから、いきなり咥えさせるとかやっぱ無理ってな」
掴んでいた髪をくしゃりとかき混ぜ、三枝は由貴也の身体を起こさせた。
「SEXで遊ぶってのが、得意じゃないんだよ」
するりと伸ばされた腕に抱き寄せられ、由貴也の鼻先が三枝の肩口に埋まる。
その仕草に、拒まれたわけではないと判り、由貴也はほっと肩の力を抜いた。
(ご主人……)
心の中でこっそり呼びかけ、三枝の言葉に耳を寄せる。
「だから俺のSEXは、重いとかうざいって言われて、実はあんま、評判良くねぇんだ」
胸板を合わせるように導かれ、由貴也は三枝の腿に跨った。
熱を帯び始めたばかりのペニスが触れ合い、反射で浮いた由貴也の尻を三枝の左手がきゅっと掴む。
「っは……」
思わず漏れた由貴也の吐息に、三枝がくすりと笑う。
「お前……後ろ、念入りに解してきたろ。反応早過ぎ」
洗うだけでよかったんだと言われた由貴也は、不思議そうに首を傾げた。
「好きなんだよ、解すのが」
三枝の脚がゆったりと左右に開き、由貴也の尻をシーツに落とす。
目線が同じ高さになると、三枝は両手で由貴也の頬を包み、啄むようなキスを仕掛けてきた。
額に、瞼に、鼻に頬。
顔中に散りばめられるそれらはやがて唇に集中し、右に左に角度を変えながら、徐々に深く、熱を帯びた愛撫へと変わる。促すように顎を引かれ、薄く開いた由貴也の唇を湿らすように、三枝の濡れた舌がなぞり、入り込む。
「ふっ……ん、んぁ……っは」
後ろの孔の代わりとばかりに、口内を丹念に攻め立てられて、由貴也の息が上がり始めた。
(確かに。ヤリたいだけの奴に、このキスは、うざいかも……けど……)
呼吸が乱れ、飲み込みきれない唾液が、唇の端から顎へとこぼれ、糸を引く。
(俺、こういうの……すげぇ、好き……)
追いかけるように、由貴也の口から離れた三枝の唇と舌は、唾液の糸を舐め取りながら、顎から喉へと降りてゆく。
「あっ……ご主人……ッ!」
仰のいて晒した喉笛に吸い付かれ、由貴也の口からぽろりと、甘えるような本音の声が零れ落ちた。
(やべっ……! 俺、声に出して呼んじゃっ……え?)
股間に確かな熱量を感じ、同時に胸板を重ね合わせるように抱きすくめられた。
(マジ? ご主人って呼んだから? いいの!? 呼んでもOK?)
触れ合う肌の、思いもよらぬ熱さに、由貴也の心拍数が跳ね上がる。
「……ご、主人……?」
本人よりも先に、股間の息子がぴくりと震えて返事を返す。
少し遅れて、後頭部に回されていた三枝の手が、由貴也の髪を優しく撫でた。
「由貴也」
「ッ!?」
耳元で、まるでそれがご褒美だとでも言うように名前を呼ばれ、由貴也の全身に熱が走る。
心臓が胸から飛び出してしまいそうな感覚に襲われ、由貴也はぎゅうと三枝にしがみついた。
早鐘のように鳴る鼓動が鎮まらない。
「由貴也?」
「〜〜〜〜〜ッ」
(こ、この状況で、な、なな名前呼びとかっ! 無理! こんなで枕営業とか、ぜってぇ無理!)
首から上を真っ赤に染めて、しがみついている由貴也の背を、三枝の手がぽんぽんと叩く。
「悪かったよ、今まで呼んでやらなくて」
ふるふると首を振るだけで、一向に動こうとしない由貴也に、三枝の口元が綻んだ。
「しょうがねぇなぁ」
「う、わ?」
ふいに倒れこんできた三枝の身体に押され、由貴也の身体がシーツに落ちる。
意識しているわけではないだろうが、胸も腹も、臍に届きそうなほどそそり立ったペニスも、犬が服従を示すように無防備に晒したままで、由貴也は真紅に頬を染め、縋るように三枝の顔を見上げていた。
「ごしゅ、じん……俺……」
「お前、意外と目、垂れてんのな」
「あ? え、と……ッ!」
くすくすと笑いながら覗き込んでくる三枝の表情が、出会いの瞬間の、あの見守るような微笑で満ちていて、その顔を見ているだけで、由貴也はアナルの奥がきゅうと締まって疼くのを感じた。
「俺の顔見てるだけでイキそうになってんじゃねぇよ。営業かけんだろ? ん?」
「……無理……」
力なく首を振り、情けない声で陥落を告げる由貴也の瞳は、今にも泣き出しそうに潤んで揺れていた。
「まったく、お前ってどんだけ……」
駄々漏れの由貴也の感情は、真っ直ぐに三枝だけに向けられていた。
昼間初めて会ったというのに、それはまるで、一目惚れだと言わんばかりの勢いで。
飼われたければ落として見せろと、言ってやったにもかかわらず、涙目で、あっさりそれを放棄した由貴也は、三枝に名前を呼ばれただけで、身動きが取れなくなるほど昂ぶってしまっているらしい。
ただただ自分を差し出して、三枝の手を待っている姿は、まさに犬と呼ぶにふさわしい。
三枝のキスを受ける由貴也が、嬉しそうに「ご主人」と呼んだ時には、正直言って腰にきた。
鼻先を擦りつけ甘える、大きな犬が欲しかった。
自分だけに懐いて甘えてくれるなら、どんな犬でも構わなかった。
まさか人の姿をした犬が、やって来るとは思わなかったが、これはこれでいいかもしれない。
「でっかくて懐っこい犬ならなんでもいいっつったの、俺だしな」
「え? ……それっ……て?」
「絆されてやんよ」
一際大きく見開かれた由貴也の瞳から、大粒の涙が零れて落ちた。
「泣くな、馬鹿犬」
「俺、人間だけど……いいの?」
「条件に合う人間が居るとは思って無かっただけだ」
「あー、プレイとか、青姦とか?」
零れた涙をぬぐってやると、安心したのか、すでに耳に慣れ始めた軽口が飛び出した。
「だーかーら、それは忘れろ。そんなご主人がいいなら他所へ行け」
「嫌だ。俺は、貴方を、三枝鷹斗って人を、ご主人って呼びたい」
間髪入れずに答える由貴也を、三枝は、可愛い奴だと素直に思えた。
くしゃりと髪を撫でてやると、目尻に涙を溜めながら、満開の笑顔を返して見せる。
こんな顔で懐いてくるなら、本気で飼ってやりたいと思う。
一緒のベッドで眠って起きて。
人間の犬ならば、どこへでも連れて行ける。話もできる。こうして肌を重ねることも。
「普っ通のSEXしかできないご主人だけどな」
「いいじゃん? 俺、キスから始めるSEXって、すげぇ好き」
「なら、こっから先は、俺の流儀でヤッていいんだな?」
「キス、ねだっても?」
「どこに?」
「ぜんぶ……」
「甘えたな犬だな。いいぞ、デコから足の指までくれてやる」
「へへっ。ご主人サイコー」
垂れ気味の目尻をますます下げて、へにゃりと微笑った由貴也が両手を伸ばして、三枝の唇を引き寄せた。
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