咎狗の血シリーズ
「どうして、そう思った?」
起き上がろうとしてまだ少しふらつくアキラの背を支えながら、源泉は訊いた。
「服」
確信があったわけではないアキラは、疑問の原因だけを口にした。
「ん? ああ、服かぁ。煙草が切れそうだったんで、な」
「それだけか?」
「まぁ、他にもちぃーっとヤボ用があるには、あったんだが……」
歯切れの悪い言葉に不信感を露わにするアキラの頭を、行かなきゃキャンセルになるだけだから気にするなと、源泉の大きな掌が撫でる。
「こんなんなってるお前さんを、置いてけぼりになんかできんだろ? ん?」
「けど仕事なんじゃないのか? だったら……」
「お前さんより大事な仕事なんてないさ」
さらりと恥ずかしいセリフを吐いた源泉は、濡れたままのアキラの髪に音を立ててキスをすると、そのまま立ち上がろうとした。
(まただ。どうして――)
アキラの胸がちり、と痛んだ。
「オッサン」
反射的に呼び止めていた。
「ん?」
どうしたんだと顔をのぞきこまれるが、何と言えばいいのか判らない。
「出掛けないなら、アンタ、どこへ行くんだ。」
「どこって……。あのなぁ、アキラ?」
呆れたような源泉の声が妙に気に障り、つい挑むような視線になる。
「自分じゃもう平気だと思ってるかもしらんが、お前さん、まだぼけぼけだぞ?」
だからどうしたと言わんばかりに睨み続けられた源泉は、観念したように両手を上げた。
「どこへも行かないから。ただ、そのままじゃ今度は湯冷めしちまうだろ?」
着替えを持ってくるだけだと言い聞かせる源泉に、アキラはいらないと答えた。
無意識もここまでくると、もはや犯罪だなどと内心で呟きながら、源泉は全裸で毛布を腹にかけただけの姿で詰め寄るアキラを前に、なけなしの理性を保つ為に深呼吸をした。
「そんな顔でそんな事言うと、オイチャン誘われてるのかと勘違いしちまうだろうが」
アキラはただ単に、甘えたいだけだ。
SEXを匂わす言葉を口にすれば、すぐに怒って引くだろう。
だが―――
「誘ったら、いけないのか?」
源泉は自分の耳を疑った。
(なんだってこういう時に限って――)
今夜会うはずだった相手は、向こうから一方的に時間と場所を告げてきただけで、きちんとした約束があるわけではなかった。だが、おそらくは源泉が行くまでずっと待ち続けるのだろうと思われたから、アキラが眠ってから、せめて断りの電話を入れるつもりだった。
アキラに何かを告げたわけではない。なのに今夜のアキラの言動は、すべてを知っていて、試しているのではないのかと勘繰りたくなるほど、源泉の行動の機先を制していた。
「――…ぼけてる俺とじゃ、嫌なのか?」
「んなわけあるかっ! あ〜もう、色っぽい目で見つめやがって、ちくしょうっ」
どのみち相手の出している案件には、NOという答えしか持ち合わせていないのだ。
中途半端な誠実さをみせるより、いっそろくでなしでいたほうがいい場合もある。
開き直りにも似た言い訳を腹の奥に呑み込んだ源泉は、アキラの顎を上向かせると、この日最初のキスをした。
つづく