咎狗の血シリーズ
テーブルの上に広げられた色とりどりの包み紙と中身を交互に見つめながら、アキラは深い溜息をついていた。
バレンタイン・デーというのは、戦前に流行ったイベントらしい。
源泉が言うには、仕掛けたのは菓子メーカーだが、女から男へ、チョコレートに想いを託して愛の告白をという発想がうけて、爆発的な勢いで世間に広まり習慣化したのだという。
バレンタインの習慣そのものは世界各地にあるが、女から男へというのは少数派で、カードを贈るだけという地域が多く、特別な相手には本や花束を添えることもあるが、チョコレートというのは実は珍しいのだと教えてくれた。
戦後のごたごたと内戦を経て、今またこんなお祭り騒ぎが早急に復活してきた背景には、政府の思惑も絡んでいるんだろうとも言っていた。
街中を彩るきらびやかなイルミネイションや四季折々のイベントに興じる人々の姿というのは、二ホンの復興を諸外国に印象付ける為のメディア戦略として格好の素材になるだけでなく、一時の享楽は、人々の不満の矛先をかわすガス抜きの場としても役に立つのだと。
イベントの経緯や理由はともかく、嫌がらせなどではないからと笑って髪を撫でられたが、菓子など食べ慣れないアキラにとって、この量は充分に嫌がらせの域に入っていた。
「なんだぁ? まぁだ眺めてたのか。見てるだけじゃ数は減らんぞ」
先に風呂に入っていた源泉がスウェットの下だけを穿いた姿で、がしがしとタオルで髪を拭きながらアキラの背後に立った。
「一つぐらい食ってみたか?」
「……」
「俺を睨むなよ。何も今日中に全部食わなきゃならんってわけでもなし」
「そうなのか?」
あからさまに安堵の息を吐くアキラの頭に源泉の大きな掌が載る。
「もともと保存の効く食品だしな。ちっとずつ食えばいいさ」
くしゃくしゃと髪の毛をかき回し、ぽんぽんと軽く叩いただけで、掌はすぐに離れていった。
冷蔵庫の扉を開け、少し屈んでビールの小瓶とグラスを取り出した源泉は、軽快な音を立てて栓を抜くと、冷えたグラスを少し傾け、ゆっくりと添わせるようにビールを注ぎ始めた。
見た目の無骨さに反して繊細な動きを見せる長い指を、アキラの視線が無意識に追いかける。
最小限の気泡と肌理の細かい白い泡が、グラスの縁までせり上がる。
胸の高さで傾きを正したグラスから、瓶の口先がくるりと半回転してつい、と離れた。
一旦顔の高さまでグラスを掲げた源泉は、自分の手際に満足そうな笑みを浮かべ、そのまま一息に飲み干そうとしたところでアキラの視線に気付いた。
目顔で飲むか? と訊いてくる源泉に、首を左右に振ることで否と答えたアキラは、かち合ってしまった視線の優しさに頬が熱くなるのを感じて、誤魔化すように立ち上がった。
「風呂、入ってくる」
「おう。肩までしっかりつかるんだぞ」
「親父か、アンタは」
「ちゃんと100まで数えてな」
子供に言い聞かせるような言葉を投げながらグラスを呷る源泉を横目に、一瞬でもときめいてしまった自分を半ば本気で後悔しながら、足早にバスルームへと向かった。
着ている物を手早く脱ぎ捨て早々に湯船に身を沈めたアキラは、全身を包む熱い湯の感触に手足のこわばりが解れていくのを感じてふうと息を吐いた。
「ったく。黙ってりゃそれなりなのに、あのオッサンは……」
思わずこぼれた本音に、今度は顔中が火を噴いたように熱くなった。慌てて湯船に突っ伏すようにして顔を洗い、邪念よ去れとばかりにぶるぶると頭を振った。