霊感探偵倶楽部・姉崎探偵事務所シリーズ

後編



「あっ……あぁ…は…あああ…」

 くすくすという愉しげな笑い声に淫らな吐息が混じる。
 そこには虚ろな瞳で触手に身を任せる嘉神の姿があった。

 肛門に代わる代わる挿し込まれる様々な太さの触手を嬉々として迎え入れ、手近な触手を掴んでは、先端をこすり、あふれる液体を舐め取っている。何度果てても萎える事を知らない己の身体に疑問を抱く事もせず、絶頂に達する度に歓喜の声をあげ、ただひたすらに官能を追い求め続けている。

「すごいや…。お兄さんみたいなのを淫乱って言うんだね」
「あ……」
「何? 僕のも欲しいの?」

 自らの精液と触手の分泌液とでぬめる両手を少年の股間へと伸ばす嘉神を見下ろし、少年は、年に似合わぬ淫猥な笑みを浮かべて聞いた。

「晃生様!」

 触手の一部が人の顔になり、眉をしかめたような表情をつくりだしていた。その顔は、かつて森脇と呼ばれた男のものであり、今回の依頼人の顔でもあった。

 晃生と呼ばれた少年は、触手の抗議を無視して嘉神に近付いた。

 晃生の腰にすがり付こうと伸ばした嘉神の両腕を、森脇であったモノの触手が後ろ手に締め上げ、主に触れさせまいとする。

「あっ! ああぁっ!」
「おやおや。手が使えなくなっちゃったねぇ」

 晃生の手が嘉神の頬を撫でる。うっとりと恍惚の表情を浮かべた嘉神は、そのまま口で晃生のズボンのファスナーを咥えて下ろし始めた。欲望に濡れた瞳が、ねだるように晃生を見上げている。

「いいよ。おあがり」
「晃生様!」
「うるさいよ。あは……。コイツ、お前よりずっと上手いよ?」
「っ!」

 森脇の怒気をうけた触手の1本が、おもむろに形態を変化させる。ぶつぶつと表皮にイボのような突起を生じたそれまでよりも一回り太いそれが、嘉神の肛門に容赦なく突き刺さり、内壁を蹂躙し始めた。張りつめたペニスに纏わり付き、精液を吸い上げていた触手が、根元を締め上げ絶頂を堰き止める。

「あうっ! あっ…あぁっ…」
「やめちゃ駄目だよ、お兄さん。ホラ、しっかり口開けて、もっとしゃぶって見せてよ」
「んっ…あ、む…んぐ…」

 じゅぽちゅぽと、音を立てて晃生のペニスをしゃぶり続ける嘉神の姿を、牡の瞳をした晃生が、頬を紅潮させながら、満足げに眺めている。

 小さく舌打ちをした森脇は、触手の何本かを、今度はしなる鞭に変え、嘉神を責め立てた。

 尻に、背中に、休むことなく打ち下ろされる責めは、嘉神の肌を引き裂き鮮血が飛び散っていたが、嘉神はそれらをさらなる快感と感じ、ますます激しく晃生にむしゃぶりついていくのであった。

「そんなことしても無駄だよ。ますますよがってるだけじゃないか」

 晃生の言葉に、森脇は、嘉神に群がる己の分身たちを一斉に引き上げた。
 うねる触手が肉片となり、人間の形におさまってゆく。

「そうそう、それが正解」

 突然すべての悦楽から放逐された嘉神は、体内で荒れ狂ううずきに身悶えしながら、なおも晃生に縋りついてくる。晃生は己のペニスを嘉神の眼前に突き出し、酷薄な笑みを浮かべていた。

「僕を達かせて? そしたらもっと良くしてあげる」
「あ?」

 人間に戻った森脇が、背後から嘉神を座らせ、口を開けさせる。
 瞼をふせて晃生のペニスを咥えた嘉神は、舌と唇で丹念な奉仕を始めた。

「あぁ…いいよ……もっと…奥まで咥えて…そう…」

 静まり返った地底の閨に、淫らな息遣いと、液体をすするようなぺちゃぺちゃとした音だけが響く。

「……そろそろ終わりにしようか。全部、飲むんだよ? 一滴残らず、ね」

 晃生のペニスがどくんと脈打ち嘉神の喉に精液が流れ込む。
 途端に嘉神の身体が激しく痙攣しだした。

「がっ!?」

 口中に残る液体を吐き出そうとするが、森脇に鼻と口をふさがれ、飲み下すしかない。

「うがっ、がはっ、が…あ…あああああああああ」

 晃生は、自分の中に取り込んでいた、毒素とでも言うべき人の悪意や恨みの念を精液に変えて、嘉神に飲ませたのである。

 血反吐を吐きながら喉を掻き毟り、のた打ち回る全裸の男を、眇めた視線で見下ろす晃生に、少年らしさなど微塵も残ってはいなかった。

 それでも姿や口調は少年のままで、背後に控える森脇に命じる。

「後片付け、よろしくね。ちゃんと綺麗に掃除しとくんだよ?」
「コイツの始末は……」
「そこいらに捨てておけば、コイツの狐がどうにかするだろ」
「はい」

 平伏した森脇が顔を上げると、すでに晃生は姿を消していた。




◆◆◆◆◆





 目の前を小さな光がひらひらと舞っている。

 おそらくは、他人の目には見えていないであろうその光を、青年はしっかりと見据えていた。

 光は、青年のすぐ側でくるくると回ったかと思うと、ある一定の方角に向かって飛んでいき、また戻って来ては飛んでいく。その動きはまるで、飼い主の危機を他人に知らせる忠犬のようであった。

「ついて来いってことなのか?」

 光の導くままに角を曲がり、住宅地から少し外れた、忘れられたような竹薮の中に足を踏み入れると、全裸の男が倒れていた。

「ちょっ…大丈夫ですかっ!?」

 慌てて駆け寄り助け起こそうとするが、その異様な有様に愕然とする。

 血の気の失せた肌に残るのは、無数の擦り傷と、縛られていたと思われる縄の痕。
 さらには血液と、一目でそれとわかる白い液体が、それこそ体中にこびりついていた。

「もしもし! 聞こえますか! しっかりしてください!」

 ぐったりとしている男の頭を抱きかかえ、頬を軽く叩く。
 男の瞼がうっすらと開いた。

「……お月…さ…ん?」
「はい? 大丈夫ですか? 今、救急車呼びますから……」

 ポケットから携帯電話を取り出そうとする青年の手を、男が止めた。

「いらん…面倒…な…事…なる、から…」
「何言ってるんですか、こんなに傷だらけで。早く手当てしないと死にますよ!」
「大丈夫や…て。それより、自分、何者?」
「あ。俺は大神って言います。光に呼ばれて来ました」

 見た目の酷さよりは幾分しっかりした口調に安心したのか、大神と名乗った青年は嘉神の頭を膝に乗せると、自分の上着を脱いで、腰の辺りに掛けてやった。

「そか。あいつらが見えるんやな。…自分、嘉神言うて、霊能者やってますん」
「それじゃ、その傷って…」
「まぁ、そんなようなもん。せやから医者は、いらんのよ。意味、解る?」

 どうやら医者では治せない傷という意味らしい。

「まぁ、なんとなくは……」
「充分や。せやから自分の事は気にせんで…っ、ごほっ…ぐ…」
「嘉神さん! 大丈夫ですか!」

 しゃべったのがいけなかったのか、激しく咳き込んでしまった嘉神を抱き起こした大神は、自分の胸にもたれさせ、背中をさすってやった。

 大神の胸に顔をうずめた嘉神は、はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、堪えるように目を閉じた。
 
大神の鼓動が伝わってくる。

「何か欲しいもの、ありますか? 水とか。あ、服も持ってこないとですね」
「人…」
「え? 誰か呼んで欲しいんですか? だったら…」
「ちゃう…そばにおって…欲しいんや。ちぃっとばかし、嫌な目に合うてしもて」

 嘉神の言う嫌な目がどんな事だったのかなど、聞くまでもなかった。
 大神は、嘉神を抱きとめている腕に力を込めた。

「言わなくていいです。聞きたくないし、聞いても多分、何も出来ませんから」
「せやな…。けど…。慰めるくらいは…できるやろ?」

 嘉神の腕が、大神の首に回される。そのまま大神の頭を引き寄せ唇を重ねた。

「な、慰めるって、まさか…」
「…抱いてくれへん?」

 そう言って、嘉神はかすかに口元に笑みを浮かべた。
 消え入りそうなその微笑みはあまりに頼りなく、大神から現実感を失わせた。
 抱かなければ、霞となってきえてしまそうな、儚く、切ない笑み。

「俺…なんかで…いいん…です、か…?」

 嘉神の答えは、口付けとなって返ってきた。
 竹薮の奥で、二つの人影がゆっくりと一つに重なり、闇に融けて行った。
 空では、ひときわ大きく輝く月が、夜を抱いていた。









END

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