霊感探偵倶楽部・姉崎探偵事務所シリーズ
第4章
翌朝。
早々に原稿をバイク便に託した中沢は、バスタブに湯を張り朝食の下準備を整えると、鴻を起こしにベッドへと向かった。
寝室がドアで仕切られているわけではないのだから声を掛けるだけでもよさそうなものだが、それだと鴻は、目覚めていてもベッドから起き出してはこないのだ。
大道寺の者が目にしたなら、別人、もしくは何かにとり憑かれているのではと思うかもしれない。普段の隙の無い身のこなしはどこへやら、とにかくだらだらとベッドに懐いている。
放っておけば、食事もせずに毛布にくるまったままで一日中過ごしかねない。
ただぼんやりと遠くを見つめている様は、突然のリストラで職場をなくした働き盛りの男が当てもなく、公園のベンチで途方にくれている姿と似ていなくも無い。
以前の鴻は、もっと使命感に燃えていたような気がすると中沢は思った。かつては、自分が嫉妬を覚えるほどの存在が鴻の中に確かにあったような気がするのだが、今の鴻からはそれが感じられない。
もしかしたら新しく大道寺に入ったと言う当主とは、折り合いが悪いのかもしれない。高すぎる能力ゆえに疎ましがられるというのはどこの職場でもよくある話だ。ましてや鴻の名は先代当主の一番弟子として世間に知れ渡っているのだから、顧客の手前もあって手放すわけにもいかず、もてあまされているのかもしれない。
新たな当主が来るまではと、家にもほとんど帰らずに大道寺に詰めていたというのに、近頃は出先から直接中沢の元に赴くことも珍しいことではなくなっていた。
「風呂、入ってこいよ」
「動きたくないと言ってるだろう」
「後がつかえてんだから行けって。俺も湯船につかりたいんだよ」
「だったら先に行けばいいだろう。お前の家の風呂なんだから」
「他人の入った湯船に入りたがらない奴が何言ってやがる。いいから起きて風呂へ行けって」
「さ、触るなっ」
毛布を引き剥がし抱き起こそうとすると、予想以上の強い抵抗にあった。
これではまるで引きこもりの子供とその親の会話のようだ。
「そうか。よーっくわかった」
「なっ…! よせっ、何を……」
鴻が身をよじるより早く、中沢は彼の身体を抱き上げた。
「フリーのルポライターの腕力を舐めるなよ。取材道具一式抱えて山登りだってするんだからな」
「知るか。こんなことをされるくらいなら自分で行く。早くおろせ」
「なぁにを今更。ほれ、ちゃんとつかまってないと落とすぞ」
「中沢っ」
鴻の抗議の声は聞き入れられなかった。
全裸のまま軽々と抱き上げられ、抵抗も虚しくバスルームへと連れ込まれてしまう。
一旦鴻をバスルームに放り込んだ中沢は、手早く自分も裸になりタオル片手に再び戻ってきた。
シャワーの温度を調節していた鴻が慌てて振り返ろうとし、バランスを崩した。
「おいおい。ふらついてんぞ?」
「なぜ、お前まで入ってくるんだ?」
「仕方が無いなぁ。まぁ、責任の半分は俺にもあるからな」
「人の話を聞け! おい、中沢!」
「すみずみまで洗ってやんよ?」
「っ…。腰を撫でるなっ。その手を…は…なせ…っ。この…」
明け方近くまで抱き合っていたのだ。余韻が残っていても不思議はなかった。
男の朝の生理も相まって過敏になっている肌を、中沢は思わせぶりに撫で回していた。
「何があった?」
睦言を囁くような仕草で掛けられた問いに、鴻は一瞬言葉を失っていた。