霊感探偵倶楽部・姉崎探偵事務所シリーズ
第3章
「は……あ……」
シーツを固く握り締め、あおのく様が艶かしい。
うっすらと汗ばみ黒髪のからむ首筋が、より一層の欲情をそそる。
持ち上げられたままの両脚のつま先が、ぴくりとはねた。
「んんっ」
白い背中がしなり、細い腰が揺れる。
中沢が腰を使わずとも、咥え込んだ陰茎の先端に前立腺を刺激された鴻の内壁はさらなる官能を求めて吸い付くようにからみつき、蠕動を繰り返していた。
「くっ…」
痛いほどの締め付けに一瞬苦痛の声が漏れる。
らしくない鴻の激しさに、中沢は一抹の不安を覚えた。
(何か、あったのか?)
これまでにも不愉快な仕事の後には、憂さを晴らすように抱かれたがった事はあった。力を遣い過ぎ、眠りを得るためだけに中沢の腕を求めてきたこともある。
めったにある事ではないが、そんな時には普段よりも少しばかり激しい交わりになるのは、しごく当たり前のことであった。だが、今夜のこの激しさは、これまでとは違うような気がしてならない。
確かめようにも鴻はすでに臨界に達してしまっている。中沢が動けば瞬く間に昇りつめて絶頂を迎えるであろう事は、鴻の昂ぶりきった陰茎の先端から滴る液体に、白いものが多く混じり始めたのを見れば判る。この状態で中断するのはあまりに酷というものであろう。
中沢自身も背筋を這い上がってくる痺れるような感覚に抗い難くなってきている。
尋ねたところで素直に白状するわけもない。中沢は己の本能に従うことにした。
持ち上げていた両脚から手を離し、鴻の長い髪をよけながら覆いかぶさり細い肩を抱いた。折りたたまれるような体勢になった鴻がかすかに息を吐く。
「つかまってろ。動くぞ」
中沢の背に腕がまわされる。
ベッドのスプリングが軋んだ音をたてた。
互いの口から言葉にならない声が漏れ、荒々しい息遣いと擦れ合う肌の感触が体温を上げてゆく。中沢がひときわ深く突き挿したのと、その背に鴻が爪を突き立てたのはほとんど同時であった。
全身を貫くような快感が襲い、やがて余韻と共に脱力感が訪れる。
ゆっくりと繋がりだけを解いた中沢は、鴻が背中に回した腕を自分からはずすまでそのままの体勢で頬を寄せ髪を撫でてやっていた。
中沢が仰向けに寝転んだのは、鴻の出した白い体液が腹の下でひんやりとしたぬめりに変わってからだった。いつもならとっくにシャワーを浴びに行っているはずの鴻が、どういうわけかおとなしく腕枕におさまっている。肩を抱き寄せてみても、頭の位置を動かしただけで離れる素振りはみせなかった。
「シャワー、行かなくていいのか?」
「後でいい」
「後っ…て、このまま寝ちまう気か? 明日がつらくなるんじゃないのか?」
「動きたくない」
身体の表面は拭ってあるとはいえ、中はそのままなのだ。
早めに流してしまう方が楽なはずなのに、鴻は起き上がろうとはしなかった。
中沢の鼓動が、胸板を通して伝わってくる。
抱き寄せられた肩からはぬくもりが感じられる。
掛けられる言葉には鴻を気遣う優しさが満ちている。
後のことなどどうでも良かった。
中沢が自分の中に注ぎ込んだ熱い欲望を洗い流したいとは思わなかった。鴻は中沢の”生きて”いる想いを全身で感じ取っていたかった。誰かに導かれたものではない、中沢自身の意思が与えてくれる感情に自分を委ねていたかったのだ。
(『甘える』という言葉の意味に含まれていたのは、こういう感情のことだったのだろうか)
他人の考えていることが理解できずにいた頃、感情を表す言葉の意味を、片っ端から辞書で調べてみた事があったのを鴻は思い出していた。
『甘える』と言うのは、自分の脆弱さを棚に上げ、何の努力もせずに他人に依存する事だと思っていた。弱いものが、己の身を護るために行う行為だと半ば軽蔑していた。だがそれらの感情には『媚びる』という同義語が存在し、当時の鴻には両者の区別がつかなかった。
寒いわけでもないのに、それがたとえ真夏の日差しの下であっても、互いの身体を寄せ合い声を潜めて語り合う恋人達の気持ちが理解できずにいた鴻であったが、今なら判る様な気がしていた。
鴻は、目を閉じたまま黙って中沢に身体を寄せてみた。
「え……鴻?」
しばしの沈黙の後、毛布が肩までかけられ頬に唇が触れた。