霊感探偵倶楽部・姉崎探偵事務所シリーズ

第2章


「おいおい、そこまでしなくていいって……」
「嫌か?」
「いや、すげぇうれしいけど。その…なんか……んっ」

 明かりを消した室内に衣擦れの音とわずかに乱れた息遣いが響く。
 ヘッドボードに背中を預けた中沢の顎が時折仰のき、開いて立てた両膝がびくりと揺れる。

 中沢の股間では黒髪がゆるやかに流れ、露わになった白い背中が上下していた。

 しなやかに動く指が内股をなぞり、紅い舌先がチロチロと穴から棒の先までを丹念に這い回る。舌が通り過ぎるともう一方の手が後を追うようにして袋を包み、やわやわと揉みしだいていた。

 先端のぬめりに白いものが混じり始めると、鴻はおもむろに口を開きそれを咥えこんだ。そのままの姿態で顔にかかる髪を掻き揚げ上目遣いに見上げると、頬に掌が添えられた。

 見下ろす中沢の瞳が熱く潤んでいる。
 視線を受け止めたまま舌を使い始めた鴻を、中沢の手が引き離そうとする。

「まじで、やめてくれ。……頼むから」
「……良く、なかったのか?」
「莫迦。良すぎて持たないから勘弁してくれって。判ってるくせに訊くなよ。もう若くないからな。そう何度も達かされてちゃ『本番』で役に立たなくなっちまう」

 真剣な面持ちで訊いてくる鴻に、中沢は苦笑するしかなかった。

「さっきの詫びのつもりならもういいって。俺もちょっとイライラしてたし、もう、充分だから」

 中沢は身体を起こしていた鴻を自分の胸に乗せるように抱き寄せると、白い首筋に顔を埋め、抱えた腕に力をこめた。

「な、かざ……」
「動くなよ。ギリギリなんだからな」

 触れ合う肌の感触を味わうようにきつく胸を合わせたまま、深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出して身体を起こした中沢は、鴻を膝立ちにさせると指先を下へと滑らせていく。

 骨ばった指が腰をなぞり、白く滑らかな双丘の終わりに届いた時には舌先で胸の突起を転がしていた。

 不安定な姿勢が目眩を誘う。
 鴻は腰から崩れそうになるのをどうにか堪えていた。

 もう、あの2人の事などどうでも良くなっていた。
 縁があるというのなら、いずれまた、どこかで出会うだけの事だ。
 再び見えることがあったなら、その時に考えればいい。

 いつまでも囚われていてはいけないと、何者かの声が聞こえた。あの2人とは、時の流れの道筋が違うのだと、遠くなる理性の片隅で囁いているその声が、鴻が2人の正体を見極めようとした時に視界を覆った薄靄と同じ気配であることに気付いた丁度その時、ひときわ強い刺激が鴻の中を駆け抜けていった。

 中沢の指が、ほぐれ具合を確かめるように内壁を這い上ってくる。
 鴻の背中がぴくりと反った瞬間に、声は聞こえなくなっていた。
 代わりに自分自身の内なる声が、欲望を焚きつけてきた。

「く……」

 自分の身体を支えきれなくなった鴻は、中沢の頭を抱え込むようにして体重を預けた。
 本当は座り込んでしまいたい。

 だが、腰を抱え込まれ、後ろから手を挿し込まれているのではそのままの姿勢でいるしかない。胸を反らせば容赦なく乳首を吸い上げられてしまう。

 中沢は、前からも後ろからも執拗に攻め立て、鴻の理性を奪おうとする。
 理性を捨て、中沢のもたらす快楽にすべてを委ねてしまえと命じている。

 自分から脚を開き、中沢自身を求めたい衝動にかられる。『お前が欲しい』と言葉に出してしまえたなら、求めるものはすぐにも得られるだろうと判っている。

 だが、一度言葉にしてしまったなら、鴻は自分を抑えておける自信がなかった。

 求めるものがどれほど甘美で心地よいものなのか、全身が知ってしまっているのだ。身体だけではない。魂の奥底にまで沁み込む程の官能のひと時なのだ。

 言葉には力がある。
 己の発した言葉に縛られ、溺れてしまうかもしれない事を鴻は恐れていた。

 中沢に溺れる事が恐いのではない。
 溺れて、中沢を喰い尽くしてしまうかもしれない自分自身が恐ろしいのだ。

「あ…。だ…めだ……」

 鴻は言葉を飲み込み唇を固く引き結んだ。
 堪えれば堪えるだけ欲望が募ることを承知で、中沢にすべてを委ねた。

 全身を小刻みに震わせ、しがみついてくる鴻の姿に中沢は安堵していた。
 奉仕されるのが嫌いなわけではない。
 一方的に快感を与えられるだけというのが嫌なのだ。
 鴻がその気になれば、自分など指先一つで達かされてしまうだろう。
 その事実を身をもって知るのも嫌だった。

 自分が優位に立っていたい訳ではない。
 ただ対等でありたいと、中沢はいつも願っていた。

 鴻が常に中沢の身を案じ、己の式神をつけてくれているのも知っている。忠告を無視して危機に陥るような事があっても見捨てずに、必ず救いの手を差し伸べてくれるのだ。

 出来ることなら自分も鴻を守ってやりたいと思う。だが悲しいかな、中沢には鴻が対峙しているモノをどうこうできる術はない。せいぜいが、生身の人間どもの不躾な視線を威嚇して散らしてやる事ぐらいしかできないのである。

 だからこそ、せめてこんな時ぐらいは、対等でありたいのだ。
 どちらか一方が攻め立てたりするのではなく、互いのぬくもりを感じて、昇りつめたい。

 互いを欲望のはけ口にするような抱き合い方はしたくなかった。

「ん……」

 鴻の声に色が混じり、腰が揺れた。
 限界まで張り詰めているくせに、必死で声を殺して堪えている。

 全身で絶頂を求めているのが判るのに、鴻は決して自分から言葉に出して欲しがってはくれない。態度で誘うことはあっても言葉で誘ってはくれないのだ。

 中沢は、それが少し、淋しかった。

「欲しいなら、欲しいって言えよ」

 自分の本音を淫らな睦言に変えて耳元で囁く。

「お前だって……限界の…く…せに……」

 うらめしそうな瞳が中沢を捉える。
 と、中沢の頭を抱え込んだままいきなり後ろに倒れこんだ。

「ちょっ…うわっ」

 仰向けに倒れた鴻の上に覆いかぶさる格好になった中沢は、あわてて指を引き抜き、自分の体重を支えた。

 鼻先が触れるほど間近に鴻の顔がある。
 無表情が売りのその顔がわずかに上気し、熱を帯びた漆黒の瞳が中沢を映していた。

「……判っているくせに、訊くんじゃない」

 鴻は、先ほど中沢が言った言葉をそのまま返すと視線を落とした。

 中沢の両手が鴻の膝を押し上げ大きく左右に開く。
 鴻の身体から緊張がほぐれ、待ちわびた瞬間が訪れた。


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