BloodyDollシリーズ
Scene1
「何なんだ、これは」
私は一瞬帰る部屋を間違えたのかと思った。
鍵を開けて入ったのだからそんな事は有り得ないのだが、そう考えても無理はないと納得してしまう程、出掛けた時と今とでは、リビングの有様は一変していた。
一体どうやって運び込んだのだろうか。
目の前に、天井に届きそうな高さのクリスマスツリーがあった。
街角のショウウインドウに飾られていた物を、そのまま持ち去って来たのではないかと思わせる程の派手な装飾が施されている。テーブルには白いクロスが敷かれ、天使を象ったキャンドルスタンドに真っ赤なろうそくが立てられていた。
シャンパンやケーキは並んではいなかったが、おそらくこれからセッティングをするのだろう。キッチンから現れた男が手にしているのは、どうみてもオードブルの皿であった。
誰何の声をあげるまでもなかった。
他人の人生に幕を下ろすことを生業にしている男は、人生の幕間を飾り立てる事も好きだったらしい。
「おかえり、キドニー。ずいぶんと早い御帰還じゃないか。七面鳥が焼きあがるにはもう少し時間がかかる。シャワーでも浴びて着替えてくるといい。それとも先に一杯飲るほうがいいか?」
新婚家庭の新妻のような科白を吐いた殺し屋は、当たり前の顔をしてテーブルセッティングをしている。合鍵を渡した覚えなどなかったが、この男がその気になれば大抵の場所に入り込めるのだ。
この男はいつも無断で私のテリトリーに侵入してくる。
あの土地といい、この部屋といい、どこにでも入り込んでくるのだ。
あんな部分にさえ、喜々として挿入り込んでくるという神経の図太さは一体どこからくるものなのか、私には理解できなかった。
「おかえりじゃないだろうが。ここは俺の部屋だぞ。なんの真似なんだこれは。
まさか女に袖にされたから代わりになんて言うつもりじゃないだろうな?」
「俺は女には、裏切られた事はあっても袖にされた覚えは一度もない」
肩越しに振り返った叶は、鼻先で軽く笑ってそう答えると、キッチンの奥へと姿を消してしまった。次に出て来る時は、七面鳥の丸焼きを手にしているに違いない。
ここまで徹底されてしまうと、もはや怒りの感情を通り越して呆れるしかない。
寝室に入りスーツをハンガーにかけながら私は叶の真意を探ろうと試みていた。
あの花束はどうしたのだろうか。
どう見てもあれは本気で惚れた相手に用意した品だった。
あれを私に贈るために用意したとは考えたくなかった。
着替えを終えた私がリビングに戻ると、『パーティー』の準備はすっかり整ってしまっていた。
「座れよ。まずはシャンパンで軽く乾杯といこう」
いい年をした男二人でクリスマスパーティもないだろう。
女子供じゃあるまいし、ツリーやケーキが何だというのだ。
袖にされた誰かの代わりというのなら相手をしてやってもいいだろう。本命に振られて、一人で居るのが耐えられないというのなら、酒と愚痴につき合うくらいはしてもいい。
だがこれは、どう考えても計画的な犯行といわざるを得ない。
叶の真意を確認するまでは、うかつな返答は避けた方がよさそうであった。
私がソファに腰を落ち着けるのを待って、叶が景気良くシャンパンの栓を抜いた。
思っていたよりも優雅な手つきでグラスに注ぐ。差し出されたグラスを、私は黙って受け取った。
「メリークリスマス」
叶が私に向けてグラスを翳した。
屈託のない笑顔だった。
「………メリークリスマス………」
私は顔が引き攣るのを感じながらグラスを持ち上げた。