BloodyDollシリーズ
Kiss of fire
――Prolog――
見慣れた車が見慣れぬ場所に停まっているのを見つけた私は思わず立ち止まっていた。
通りをはさんだ向こう側の、この辺りでは一番品種が豊富と評判の生花店の前に、叶のフェラーリが横付けされていたのである。
金魚の次はガーデニングでも始めるつもりなのかと思ったが、大きな花束を抱いて店から出てきた姿を目にして、私はようやく今日がクリスマス・イヴだという事を思い出した。
何しろ商魂たくましい経営者の思惑に踊らされた商店街は、一月以上も前からクリスマス・カラーで彩られているのだ。夜ともなればライトアップされた街路樹が道路を照らし、毎日がクリスマスといった様相を呈しているのだから、本当のクリスマスがいつだったかなど、カレンダーで日付を確認しなければ判らなくなっていた。
去年のクリスマスは川中の店で、奴が口説き落としたという沢村明敏のピアノを聴いて過ごしていた。機械のようにクリスマス・ソングばかりを黙々と弾いていたピアニストは、今年は鎮魂曲でも奏でているのだろうか。
叶の抱いている花束は、見事な紅い薔薇だった。陳腐な添え花などない、紅薔薇だけの豪奢な花束は、道路越しでも極上の品だと見当がついた。
贈る相手も極上という事なのだろう。
ゆるみきった顔が、相手への想いの深さを物語っていた。
叶は私の視線にはまるで気付いていないらしい。フェラーリの助手席に、恋人を抱きあげるような仕草でそっと花束を座らせると、そのまま自分も運転席に乗り込み走り去ってしまった。
病院までのタクシー代わりに使ってやろうと声を掛けるタイミングを計っていたのだが、『人の恋路を邪魔する奴は』の言葉通り、私は赤い跳馬にあっさりと蹴飛ばされてしまったようだ。
いささか不愉快な気分に陥りはしたものの、透析前の血の濁りに比べればどうということもない。私はすべてをクリアにするべく、病院へ向かう足を早めた。