BloodyDollシリーズ
Scene2
叶のホストぶりは、見事と言うしかなかった。
場所が自宅ということもあるが、抑え気味に流されるBGMと身振りを混じえての巧みな話術に、私はいつしか引き込まれていたのだった。
久しぶりに味わう寛いだ時間は、心地良いものだった。
このひとときこそが私への贈り物だというのなら、この男に対する評価をもう少し見直してやってもいいのだが。
時計が午前0時を回ったところで叶が新しいカクテルグラスを用意してきた。
ウォッカとドライベルモット、それにスロージン。坂井の手際ほどの鮮やかさはないものの、慣れた手つきでスノースタイルを作り上げると、素早くシェイカーを振って中身をグラスにそっと注ぐ。量もぴったり合っていた。
「これは?」
問いかけた私に、叶は思わせぶりな笑みを投げてくるだけだ。
飲めば判ると言うのだろうか。
私はグラスの縁に口をつけた。
甘いスノウだった。そのまま一口だけ舌に乗せる。
触れた瞬間に感じたほのかな甘さがすぐに激しい刺激にとってかわった。
情熱的、とでも表現すればいいのだろうか。
叶の微笑みの意味を私はすぐに理解した。と同時に苦々しい感情がこみ上げてくる。
この味の記憶は、確かに私の中に存在している。カクテルの味そのものの記憶があるわけではない。そこから導き出されるあるイメージが、私の中にはあるのだった。
唐突に音楽が耳についた。
曲が、聴き覚えのあるものに変わっていた。
曲名は確か『Kiss of Fire』。
そういえば、この曲をイメージした同じ名前のカクテルが何かの賞を獲得したと、どこかで聞いた記憶がある。
「キス・オブ・ファイヤー、なのか?」
叶の笑みが深くなる。正解だったようだ。私は音楽に耳を傾けながら、目を閉じてもう一口味わった。微かな甘さとその後に続く喉を灼く熱い刺激は、おしゃべりなはずの殺し屋が、沈黙と共に私にもたらすものを連想させる。
ふいに、私はむせかえるような花の香りに包まれた。
目の前に差し出されていたのは、紅い薔薇の花束だった。
「メリークリスマス。たまにはこんな贈り物も悪くないだろう?」
雰囲気に流されて、私は肝心な事を忘れていた。『これ』があったのだ。
今、この場で、初めてこれの存在を知ったのならば。
おそらく私は、今夜の凝った演出の締めくくりとして、皮肉のひとつも吐きながら笑って受け取っていただろう。叶もおそらくそれを望んでいたはずだ。
私はあの場に居合わせてはいけなかったのだ。叶が花に込めた「本気の想い」など、私自身が知ってはいけなかったのだ。
叶だけが知っていればいい。だからこその『演出』だったはずだ。
「俺に薔薇が似合うと思うのか?」
「レッドクィーン」
「なんだと?」
「その薔薇の名前さ」
「キングがお前という訳か?」
「俺はキングにはなれない。川中がいるからな。俺がなれるのは、いいとこナイト止まりだろう?」
「叶」
「否定しないんだな」
「何を馬鹿な。俺は」
「いいのさ、俺はナイトで」
昼間見た、「あの微笑み」を浮かべた叶の顔が下りてきた。
私がその笑顔の真の意味に気付いている事を、叶に気付かせてはいけない。雰囲気に流されて、抱かれてやってもいいかと思い始めている。そう思わせてやらねばならないと、その時私は思ってしまったのだった。
そして私は、そういう風に振舞った。
口唇が重なった。甘い吐息と共に熱くぬめった舌が挿し込まれてくる。喉を灼く刺激の代わりに、背筋に痺れるような快感が走った。
酒で酔えない私を、叶はいつも、口づけで酔わせようとする。沢村のピアノが心の襞に沁み込むように、叶の口唇から伝えられるぬくもりは、私の細胞に直に沁み込んでくるのだ。
叶は花束ごと私を抱え、寝室のドアを肩で押し開けた。