BloodyDollシリーズ

Voice2



 結局カーテンを閉め忘れたまま寝てしまい、素っ裸の身体に太陽を浴びて目覚めるという、なんとも間の抜けた朝を迎えてしまった。

 背中を向けて眠りについたつれない天使は、いつの間にか俺の脇の下に頭を突っ込むように身体を丸くして、無防備な横顔をこちらに向けて眠っていた。

 まだしばらくは目覚めそうに無い。
 薄く開いた唇が今にも甘い吐息を漏らしそうで、ついつい耳をそばだててしまう。

(触りてぇ……)

 が、昨夜の今朝では本気で学習能力を疑われそうなので、黙って寝顔を眺めるだけにした。そろそろ朝食の支度を始めた方がいいのは判っていたが、俺は起き出す気になれずにいた。


 もう少し、このままでいたい。



「…んぁ…。今何時だ?」
「6時35分。起きるか?」
「んー。7時まで寝る」
「了解。メシ作っとくわ」

 坂井の胃袋はサバイバル仕様だ。
 寝起きでも当たり前のようにどんぶり飯をたいらげる。
 今から準備をしてもぎりぎりだろう。
 名残惜しいが起きるしかなさそうだ。

 冷蔵庫の中身を思い出し、味噌汁の具になりそうなものを考えつつベッドから降りようとした俺の腕を、坂井の手がやんわりと引き止めた。

 朝食のリクエストでもあるのだろうか。

「何? なんか食いたい物あるのか?」
「メシの支度ならあとで俺もやるから……」
「……やるから?」
「先にお前を喰わせろ」
「………………はい?」

 あまりにベタな科白で、俺には冗談としか思えなかった。

 社長が同じ科白を言ったなら、立派な口説き文句にもなるとは思うが、コイツの口から言われると、本当にバリバリと音をたてて齧られそうな気がして思わず腰が引けた。

(7時まで寝るんじゃなかったのか? なぜいきなりスイッチが入る?)

 コイツのこういう思考はまったくもって理解不能だった。
 だいたい喰わせろというのは受身の側から言う科白なんだろうか。

 いや、確かに喰いつかれるのは俺のほうだから間違いではないが、慣用句としては用法が違う気がする。

 大抵は男が女を口説くときに、「キミを食べてしまいたい」とかなんとか言うものなのだが、男同士の場合は……どうなのだろう。

 馬鹿なことを考えて動けずにいると、坂井がこれ見よがしに仰向けに寝返り、さらには前髪をかきあげながら片膝を立てて開き、ちらりと視線を俺の股間に這わせて不敵な笑みを浮かべた。

 誘われていると思ってしまってもいいのだろうか。

「お前の息子はその気だぞ?」
「……朝ですから……」

 思わず下僕のような口調になってしまう。我ながら情けない。
 言い訳をしてどうする。
 多分本気で誘われているのだから、素直に応じればいいではないか。


 大丈夫だ。


 かじられたりはしない……はずだ。


「お前は?」
「……よろしくお願いします」

 間抜けだ。間抜けすぎる。他にもっと言いようがあるだろうに。

 だが俺の返事を天使はいたくお気に召した様子だった。
 屈み込む俺の首にゆったりと腕をまわしてくる。

 最初からその気全開の天使は全身からフェロモンを撒き散らしているようで、俺は軽い目眩に襲われた。

 体重をかけすぎないようにしながら唇を重ねる。
 キスから始めるのも久しぶりのような気がする。

 これは是非とも時間をかけてじっくり味わいたいと思うのだが、いいのだろうか。
 軽く吸っただけで離れようとすると、舌が挿し込まれてきた。
 どうやらOKらしい。

 ならばと俺は、挿し込まれた舌を遠慮なく吸い上げ自分の舌をからませた。

 口内で交じり合う唾液が甘い。坂井の肩が小さく動いた。
 俺の頭の奥で何かが外れたような気がした。
 息が詰まるほど奥まで舌を押し込み、上あごの内側をゆらゆらとなぞる。
 手のひらを胸から腹へと這わせるだけで首に回されている腕に力がこもる。

(今日はラッキーデーかもしれない)

 この際とことんヤってやる。
 俺は天使の唇を開放すると、そのまま首筋に舌を滑らせた。

「……ふっ…ん……」

 短い吐息が漏れ、少しずつ呼吸が荒くなってくる。

 胸の突起を重点的に舌と指とで責めながら、よじる身体の動きに合わせてわき腹から腰骨のラインをゆっくりと撫で回してやると、天使の欲望が頭をもたげ淫らな堕天使へと変わる。

 俺はこの瞬間を眺めるのが好きだった。
 身体を起こし、堕天使の姿態を存分に鑑賞する。

 両腕を頭の上で組ませ、両脚を左右に大きく広げ軽く持ち上げると、乳首の先から尻の穴まで、すべてを視界に収めることが出来る。

 目の前にはもちろん、硬く屹立したペニスが誘うように揺れている。
 俺はそのまま両足を自分の肩にのせ、期待に沿うべく舌を這わせた。

 尻を開き、すぼまりから袋の裏側へと舌先をくねらせながら舐めあげ、片方ずつ吸い上げる。ぬめり始めたペニスの先端を親指で撫で回しながら、残りの指で軽くしごくと腰が揺れた。

「声、出せよ」
「この程度で、誰が」
「あ、そういうこと言う。ふーん」

 俺はおもむろに左手の手袋を口に咥えて外した。
 ブロンズの指でわざとらしく太腿を撫でてみる。

「……ちょっと待て。お前、まさかそれ……」
「この向きじゃちょっとアレだな。……這えよ、天使」
「よせ、馬鹿! こ、の……」
「泣かせてやるよ」

 肩に担いでいた両脚をつかんで坂井の身体を裏返す。
 うろたえる天使というのもなかなかそそられる。

「普通の愛撫じゃ刺激が足りないんだろ?」
「や……めろ……」
「あいにく振動機能はついてないけどな。ま、それは手動でってことで」

 俺はブロンズの親指を舌でかるく湿らせ、尻の穴に遠慮なく挿しこんだ。

 他の指が邪魔で穴の奥までは届きそうにないが、いつもと違う無機質な感触は、高慢な女王サマの態度を改めさせるには効果的だったようだ。

「どうよ」
「気持ちわりぃ。はずせ」
「はずしたぜ。ホラ」
「……っかやろう。抜け……って言ってんだろうが。こ…の……っ! ぅあっ?」

 挿しこんだまま腕から外した左手に右手で適当に振動を加える。
 即席のバイブレーターだ。
 ゆっくりと抜き差ししながらなるべく奥まで入る角度を探る。
 てのひらで袋を支える位置がベストのようだ。
 見栄えも文句なしにいやらしい。

 親指は根元まで咥え込まれ、残りの指は、いきり立つ牡を宥めるかのように袋を包み、サオを支えている。白い尻に突き刺さったブロンズの手が、逃れようとする腰の動きにあわせて揺れる。

 白と青銅のコントラスト。

 我ながら腐った思い付きだ。だが、悪くない。
 見ているだけでイきそうになる。

「にやけた顔で眺めてんじゃねぇ。この変態エロおやっ……くっ……」
「変態? 男相手にサカってんだから、お互い様だろ?」

 振動を加え、さらに奥へと押し込む。

「こんなもん咥え込んで、ヨダレたらしてるってのは充分変態だろうが」

 左手が抜け落ちないように抑えながら、もう一度あお向けにさせる。
 起き上がりかけた天使に背を向けたまま、俺は天使の腹に跨った。
 そのまま自分の牡をこすりつけながら股間を眼前に晒してやる。
 本気で嫌なら歯を立てるだろう。

 ここまできても『時と場合』のボーダーラインを図りかね、確かめようとしている自分が情けない。

 しかも身体を張って、だ。

 やはり俺は正真正銘の馬鹿かもしれない。

 下手をすれば再起不能だろうに、それならそれで別に他で使う予定もないしなどと考えているあたり、とことん腐っている。

 使えなくなったなら、俺が突っ込まれればいいだけの事だ。
 コイツと繋がることが出来るのなら、どちらでも構わない。
 俺にとってはどちらが受け身になるかなんてのは、大した問題じゃない。

 天使が俺の傍にいる。重要なのはそれだけだ。
 いつも傍にいて欲しい。
 そしていつか俺が死んだ時、俺の身体を持ち上げる天使はコイツであって欲しい。

 泣きもせず、怒りもせず、いつもの別れの沙汰のように気軽に見送って欲しい。

 だから俺は、その時がいつ来てもいいように、やりたいことはやっておく。
 決して悔いなど残さぬように。

 心に、身体に、この一瞬を刻み付ける。
 わざわざ思い出す必要がないくらい、深く当たり前の存在になるように。

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