BloodyDollシリーズ

Last Voice


 俺はブロンズを引き抜くと、坂井の欲望をゆっくりと咥えた。
 充分すぎるほどに張り詰めたそれは、びくびくとその身を震わせてその一瞬を待ちわびていた。

 俺の動きに合わせる様に、天使の接吻づけが俺の邪な分身にふりそそぐ。
 互いの口内に欲望を吐き出し、つかの間安堵の息をつく。

「いつまでも人の股間でなごんでんじゃねぇよ。まだ終わりじゃないだろうが」
「ちょっ…それ入ってる……苦し……」

 坂井の両脚が容赦なく俺の頚動脈を締め上げてきた。
 顔にべったりと奴の熱を持ったままのペニスが押し付けられる。

(し、しあわせ締め?)

 太腿を軽く叩き、ギブアップ宣言をするとようやく開放された。
 まったく油断も隙もあったもんじゃない。
 プロレスごっこからSEXになだれ込むのは大歓迎だが、逆と言うのは勘弁してもらいたい。
 特にこの技は反則だ。一瞬このまま落ちてもいいと思ってしまった。

「さっさと挿れろ。乾いちまうだろうが」
「……(また色気のカケラもないことを…)」
「なんか言ったか?」
「なにも」
「だったら来いよ。…まだ足りねぇんだか…ら……んんっ」

 可愛気のない口はこの際塞いでしまうに限る。
 伸し掛かる俺の腰に坂井の脚がからみついてきた。
 しなる背中を抱き寄せひと息で奥までねじ込む。
 快感をコントロールしようだとか、考える余裕もなかった。
 すっかり馴染んでしまった互いの肉の感触が、快感となって背筋を駆け上ってくる。
 絶頂を目指して、奴の内壁が蠢き俺を貪る。

(やっぱり俺が喰われてるのか)

 追い立てるように腰を振る坂井に併せてピストンを繰り返しながら、少しでも時間を稼ごうとピントのずれた考えを巡らる。だが、喰われているというよりも吸い取られていると言った方がいいのかもしれないこの状況では、それも虚しい努力でしかなかった。

 一度出したというのに、あまり持ちそうにない。

 が、足りないと言われた俺としては先に達くわけにはいかない。
 根元を押さえてこらえようとしたその時、ふいに背中に痛みが走った。
 一瞬息がつまり、気が逸れる。
 痛いが、助かった。これでどうにかなりそうだ。

「し……もむ…ら……。も……う…」
「ん」

 ふたたび背中に走った痛みは、もう気にならなかった。
 躊躇いもなく突き進む。
 天使の羽根につつまれたように視界が白くなり、はじけた。

 脱力感が全身を襲う。
 俺は満足気な溜息を漏らす天使にそのまま突っ伏し首筋に顔を埋めた。
 鼓動が重なり、吐き出す息が耳元を掠めていく。
 至福のひとときとはこういう瞬間の事を言うのだろう。

「おい」
「あん?」
「懐いててもいいから、とりあえず抜け。腰のばしてぇ」
「ああ、悪い。よっ…と」

 繋がりを解いて、楽な姿勢で改めて張り付く。

『はぁああああ〜』

 二人同時についた盛大な溜息に思わず視線がかち合う。
 なんとなく鼻で笑いあった。

「4本、突っ込まれるかと思った」
「んな訳ねぇだろう。あれすぼめられねぇのに」
「お前、そういうの好きそうだし」
「やらねぇよ。加減も判らねぇのに、そんな無茶はしねーって」
「右手じゃやったことあったよな」
「3本までだろ。いい加減にしろって蹴りくらった」
「しつこいからだろ」
「だからその線引きはどこにあるんだよ」
「見て判れよ」
「んな無茶な」

 くだらない話をしながら顔を見合わせて笑い合う。
 俺のやりたい事なんて所詮、この程度だ。
 誰かに命の借りがあるわけでもない。
 いつでもじゃあなと手を振って逝ける。

 今日はまだ、その時じゃない。
 だから抱き合って笑い合う。
 明日がその時かもしれない。
 だから、今日のうちに抱き合って笑い合う。
 ヒトカケラの悔いも残さないように。

 自分勝手で我儘なのは、多分俺の方だろう。
 先に逝くと決めている。
 天使に抱かれて死ぬ時を、本当は待ち望んでいるのかもしれないのだから。

 生き続けて傍にいるよりも、死んで、先に逝った男たちと肩を並べる存在になりたいなんて、自己満足以外の何物でもない。

 俺はきっとどこかが壊れているんだろう。
 坂井もおそらくそれを知っている。
 知っているから、俺とこうしているんだろう。

「今からだと、メシ食い終わった頃にはスーパーの開店時間だな」
「2時間ちょいってとこか。朝から盛り上がったなー」
「休みだしな。夕べはゆっくり寝かせてもらったし。ま、いいんじゃねぇのか」
「だな」

「食料の買い出しとあとは……」
「洗濯と洗車ってとこか」
「絵に描いたような休日だな」
「いいんじゃないのか。今のうちだろう、のんびりできるのは。そろそろ社長が何かやりそうだからな」
「確かにな。あの人が動き出すと目が離せないからな」
「社長が動く前に俺らが動く。なるべくなら死人をださないように、な」
「ああ」
「身体、流して来いよ。メシの支度始めとくから」

 俺は脱ぎ散らかした服を拾って適当に身に付け、あやうく漏らしそうになった本音を呑み込んで台所へ向かった。






 ―― 俺以外の死人を出さないように ――













END

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