コウは、沈みかけた太陽を背に家路を急いでいた。
出かける時とは正反対の、弾むような足取りであった。
今日は、自分の誕生日であった。
長の一人息子であるコウの誕生日を、村に住む者はいつも皆で祝ってくれた。
母の居ない寂しさも、この日だけは忘れる事ができた。
だが、その祝いの支度をする者達の話で、母は自分を産んだことで命を終えたのだと知ってしまった。
母の死んだその日に、おめでとうと言われたくなくて、コウは屋敷を抜け出したのであった。
いつも遊んでいる森に、あんな場所があるとは知らなかった。
見慣れない花を見つけ、近くで見ようと屈んだ視線の先に、繁みがつくった小さなトンネルがあった。
(ぼくだけの秘密にしよう)
特異な血筋の生まれの母は、子供では行く事の出来ない特別な場所に眠っていると聞かされていた。
大人になったら連れて行くと言われたその場所には、大きな樹が立っているということであった。
繁みのトンネルを腹ばいで進んだ先に、あの樹があった。
コウは、顔も知らない母が、あの少年と自分を引き合わせてくれたのだと信じた。
(サクヤにちょっと似てたかも)
父の傍らに常に寄り添っている美しい魔族の青年を思い出す。
見た目よりも遥かに長い時を生きているという、サクヤという名の青年は、コウの家庭教師でもあった。
物知りで、いつも穏やかな微笑を絶やさないこの青年が、コウは大好きだった。
コウがそう言うと、青年は優しくコウを抱き上げ、頬擦りをしてくれるのであった。
(でも、サクヤが一番好きなのは、父さまだもんな)
サクヤが自分を可愛がってくれるのは、自分が父の息子だから。
コウには見せた事の無い、柔かな笑顔で父と話すサクヤを見るたびに、コウの胸はいつも小さく痛んでいた。
そして、サクヤのそんな笑顔を、コウの父もまた、嬉しそうに見つめ返しているのであった。
微笑み合う二人の姿を見るのは嬉しくて、少し淋しかった。
(父さまもきっと、僕よりサクヤが好きだよね)
自分が母の命と引き換えに生まれてきたのだと知った今では、それも仕方がないと思えた。
一陣の風が、行く手を遮るように渦を巻いて通り過ぎた。
「うわっ!」
日没までもういくらもない。空気が一気に冷えてきた。
「早く帰らなきゃ。みんなに迷惑かけちゃう」
コウは、長の息子というだけでなく、村で唯一の子供でもあった。
コウの村だけでなく、世界規模で子供が生まれにくくなっていた。
医療技術の発達でヒトの寿命が延び、死に難くなった分だけ、新しい命の芽生える確率は低くなっていったのだ。
十数年ぶりに生まれた新しい命を、村人たちは歓迎してくれた。
その気持ちをむげにはできない。
今ならきっと、上手に笑える。あの子が笑ってくれたから。
(僕のこと、一番好きになってくれたらいいな)
繁みのトンネルを抜けたコウは、屋敷の前でコウの帰りを待っている人影に向かって駆け出した。
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