霊感探偵倶楽部・姉崎探偵事務所シリーズ



「吉川君よく頑張ったね。もう我慢しなくていいからね」

「み……ぞぐち……さん……?」

 いつもと変わらぬ穏やかな微笑をたたえた溝口は、吉川の傍らに片膝をつき 手のひらで彼の胸元をいたわるようにそっと撫でた。

 汗ばんだ白い肌が、しっとりと吸い付いてくるようだ。びくびくと快感にうちふるえる華奢な身体が 蝋燭の炎にゆらめくその様は、見る者の邪な欲望を駆り立てる。

「あぁ……」

 怖れ・恥じらい・悦び……
 それらの感情がないまぜになり 堪え切れずに洩れ出す声は溝口の脳裏から
修行の二文字を消し去りそうになる。

「溝口さん、よろしいですか?」

 鴻の冷ややかな問いかけに自分を取り戻した溝口はゆっくりと頷くと懐から小さな容器を取り出した。ふたを開け、中身をそっと指ですくう。

 溝口の動きに呼応して、鴻が吉川を床に降ろす。溝口と向かい合わせになるように身体の向きを変え、両膝を開いた姿で座らせると 自分はその背を支えるように彼の後ろに回り込んだ。

「やっ!」

 誰よりも慕っている人物の眼前に己の欲望を晒す格好になった吉川は、反射的に身をよじり逃れようとするのだが、鴻の手がそれを許してはくれなかった。

「吉川君。楽になりたいのでしょう?」

 両肩をつかまれ元の向きに戻される。

「隠していては"戒め"を解くことができません。このままでは達くことも出来ずにつらいだけですから。脚を開いて 溝口さんに戒めを解いてもらって下さい」

 医者が患者に言い聞かせるように鴻が耳元で囁く。

 なおもためらっていた吉川であったが、羞恥よりも解放されたい気持ちが勝ったのであろう。溝口の視線を避けるように顔をそむけ、両目をぎゅっと閉じながらおずおずと脚を左右に開いていった。

「溝口さん……お、願い……します……」

 溝口が根元にからまる鴻の髪に"気"を込めた息を吹きかけると、それはあっさりとちぎれ床に落ちる間もなく闇に融けていった。開放された一瞬、吉川の緊張が緩む。

 その隙をついて、溝口の指がわずかに開いた"入り口"に容器の中身を塗り付ける。

 円を描き、じわじわと奥へと入り込んでくるその動きが、得体の知れない感覚を呼び起こしてゆく。同時に溝口の口が吉川の雄をくわえ込み、その欲望を吸い出すべく最後の追い打ちをかけてきた。

 下から上へと唇でしごきながら舌先で先端を嘗め回す。

「あっ……出ちゃう! 溝口さん、離…して……出ちゃう……からっ!」

 全身を震わせながら哀願する吉川であったが、願いを聞き届けてもらえるはずもなく、答のかわりに指がさらに奥へと侵入し愛撫の速度が速められた。

「だめぇ…ヤ…ダ……や、やめ…―――っ!!」

 堰を切って溢れ出した欲望は、一滴残らず溝口に飲み込まれ、脱力感が吉川の全身を支配する。溝口の指も離れ 安堵の息を吐いた吉川であったが、袴を脱ぎ捨て小袖の紐を解く溝口の姿に愕然となった。

「な…んで? 終わりじゃ、ない…の…?」
「おさらいをしましょう、吉川君。今、溝口さんにしてもらったようにやってみて下さい」

 先程とはうってかわって艶めいた声で鴻が囁く。

 声にも霊能力があるというのだろうか。囁きを耳にした吉川は、言われるがままにあぐらをかいて待ちかまえている溝口のもとへと這っていった。

 四つんばいになり、股間に顔を近付ける。そこには繁みの間から立ち上がった獣が手招きをするかのように、妖しくうごめいていた。

 間近で目にするそれは、自分のモノとは違う成熟した大人の雄の姿であった。闇に潜み獲物を狙う肉食獣を思わせる張り詰めた緊迫感が伝わってくるようで、吉川は思わずごくりと喉を鳴らした。

「吉川君。おいで……」

 ためらう吉川を導く溝口の声にも色が加わっている。
 獣もまた頭をぴくぴくと上下に揺らし吉川を誘う。

 怖いのに、視線が獣の姿を捉えて離さない。
 溝口の手が吉川の唇と獣の距離を縮めてゆく。

 瞳をふせた吉川は、導かれるままに獣を宥めはじめた。

 下から上へなぞるように舌を這わせる。
 ぎこちない動きを補うように、頬に添えられた溝口の手に力がこもる。

「そのままゆっくり 咥えてごらん。歯を立てないように………そうだ」

 やがて吉川の動きからためらいが消えてゆき、突き出したままの尻がもどかしそうに揺れ動く。

「効いてきたようですね」

 吉川の変化を背後で見守っていた鴻が、確かめるように、揺れ動く双丘に手をのばす。白い指をさらに奥の秘孔へと差し込むと、かすかな抵抗を残しつつもするりと飲み込まれていった。

 先刻溝口が塗り込んでいたのは、市販の潤滑剤に秘伝の催淫薬を混ぜたものであった。本来は速効性の高いものであるが、吉川の未成熟な心身を考慮し負担のかからないぎりぎりの調合をしたために、効果が表れるまでには多少の時間が必要だったのだ。

 途中に残っていた薬をまんべんなく最奥にまで塗り込めるようにゆっくりと指を回し、内壁をほぐしてゆく。

「んんっ…」

 背筋を走る疼くような感覚に吉川の動きが一瞬止まる。

「あ…やっ…あぁっ!」

 ゆるゆると動く鴻の指が、一度は眠りについた吉川の雄を目覚めさせてゆく。
 ざわざわと身体の奥を何かが蠢くような気がした。
 全身が痺れたように動かなくなり、力が抜けてゆく。

 鴻の指が引き抜かれると同時に床に崩れ落ちた吉川を、溝口がそっと抱き寄せ仰向けに寝かせる。わずかに残っていた抵抗の意志が、理性の欠片が、頬を伝う涙と共に闇に飲み込まれていった。

大きく開かれた両膝の中心によだれを滴らせた獣が頭をこすりつけてくる。

「力を抜いて、息を吐いてごらん」

 獣の主(あるじ)の声が降り注ぐ。

 新たな香が焚かれ、ゆるく 静かな真言が、再び吉川の脳裏に響き始めた。
 息を吐き 吸い込むたびに、自分と闇の境目が薄れてゆく。

 闇を切り裂くように獣が押し入ってきた。
 内側から引き裂かれるような圧迫感に息が詰まる…。

 だが、五感のすべてがじわじわと入り込む獣の動きに同調していくにつれ、苦痛は甘い疼きに変わり、快感が全身を支配する。

 もはや獣の存在するそこだけが吉川のすべてであった。


 ぞわり。


 獣がゆっくりと最期の侵略を開始する。


 深く、浅く、より深く―――


 徐々に速度を増して繰り返される獣の動きに翻弄され意識が闇に融けてゆく。
 逃れたいのか、このまま捕らわれていたいのか。

 吉川のうつろな瞳には闇に浮かぶ蝋燭の炎だけが映っていた。




 終

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