霊感探偵倶楽部・姉崎探偵事務所シリーズ

最終話

「……聞いておきたい事がある」

 ふりそそぐキスの雨の合間を縫って鴻が口を開いた。

「…なんだ?」
「お前に応えるには…どうすれば…いいんだ?」

 問われた意味が解らなかったのか、中沢は愛撫の手を止め鴻の顔を覗き込んだ。

「?」
「普通の人間ならば、知っていて当然なのかもしれないが、私には、こういう感情の扱い方は、よく解らないから」

 鴻は中沢の目を見つめて言葉を続ける。

「お前にだけは私をあきらめて欲しくない。だから、そうなる前に教えてくれ。
お前のこの腕に応えるために、私は何をすればいい? どうすれば、私はここにいられる? どうすれば、お前はこうしていてくれる?」

「恵二」

 中沢は目を見開いたまま、まじまじと鴻の顔を見つめ返した。

 鴻はもう充分過ぎるほど応えてくれている。
 泣いて自分を見失うほどの感情で中沢を欲してくれたのだ。

 一方通行の想いではなかったと実感できたのだから、中沢の願いはとっくにかなえられていた。

 その事に気付いていない鴻は、すがるようにして中沢の言葉を待っている。
 このまま黙っていたなら、また泣き出してしまいそうだった。

「お前は……特別……なんだ…。だから」

 消え入りそうな声でなおもつぶやく。

「もう、応えてくれてる」

 中沢はそう言うと鴻を抱きしめ、再びキスの雨を降らせ始めた。

 首筋に、胸元に、ついばむようなキスをおとす。
 唇が触れるたびに白い肌がぴくりと動く。
 鴻の感情の揺れ動く様が、白い肌から透けて見えるようだ。

「まだ、わからないのか?」

 乳首をつまんで軽く捻る。

「んっ!」

 声と共に腰がはねた。

「泣くほど欲しいと思ってくれたんだろう?」

 鴻の白い頬が羞恥に染まる。

 中沢はそれ以上は何も言わず、瞳で微笑んで見せると、確信に満ちた手つきで鴻の身体を煽り始めた。

 一番敏感な雄には触れずに、他の感じる部分ばかりに執ようなほどの愛撫を繰り返す。何もない空間に放置されたままの鴻の雄はあさましく聳り立ち、背筋を伝って届く刺激に、その身はふるえ始めていた。

 先端は濡れ光り、そこから糸をひくように滴がたれる。

「くっ……ぅ……」

 腰の疼きが止まらない。高まる射精感に脚が勝手に開いてゆく。
 このままでは、何もされないうちに達ってしまう。
 シーツを固く握りしめた鴻は、浅い呼吸を繰り返しながら、ぎりぎりのところで堪えていた。

「我慢してないで達っちまえよ。見ててやるから」

 熱い吐息と共に、淫らな命令が下る。
 うるんだ瞳で睨み返してみても中沢の欲情を煽るだけであった。

 中沢はそれまで放置し続けていた雄を掴むと、先端を親指の腹で円を描くようにこすり、残りの指で全体を素早く上下にしごいた。突然のダイレクトな刺激は堪えきれるものではなかった。

「〜〜っ!」

 わずかに残るプライドが声を上げるのだけは抑えてくれた。
 だが、それもここまでだった。

 鴻の放った精液を手のひらで受けた中沢は、それをそのままオイルがわりに秘孔に塗り込め、掻き回した。

「うっ!」

 射精直後の脱力に加え、先程からの愛撫ですでに緩み始めていたそこは、さしたる抵抗もせずに中沢の指を受け入れてしまう。粘液に覆われた指が、苦もなく内壁を這い上ってくる。

「あ…あぁ……っ」

 腰の揺れを抑えることができない。鴻のつま先が宙を蹴った。

「そのまま、じっとしてろ」

 出ていく指と入れ替わりに、中沢自身が侵入してきた。
 入り口で角度を確認しただけで、躊躇いもせすに一気に最奥まで突き進んでくる。
 熱い塊からじわじわと快楽の波が広がってゆく。
 萎えかけた鴻の雄に、新たな欲望の灯がともされた。

 抱き起こされ、汗ばんだ胸に迎えられると、背中に腕をまわしてしがみついた。

 繋がりが、より深くなる。

 痺れるような快感が中心から突き抜けていく。
 背中に爪を立て、締め付けてくる鴻に、中沢も短く息を吐いた。
 荒い息遣いと、かすかなうめき声だけが室内に響く。
 ベッドの軋む音は、夜明け近くまでやむことはなかった。





  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 コーヒーの香りに誘われて、鴻はうっすらと目を開けた。

 素肌に纏いつく毛布の感触が心地良い。毛布を肩まで引き上げすっぽりと包まると、そのままぼんやりと室内を眺めた。

 窓の外はすっかり明るくなっている。
 身体は鉛のように重たく向きを変えるのも面倒なくらいだが、気分は悪くない。

 中沢がコーヒーカップを片手に新聞を読んでいた。

 シャワーを浴びたばかりなのかスウェットの下を履いただけで、上半身は裸のまま、首からタオルをぶらさげていた。

 愛用の眼鏡は昨夜の騒ぎで壊れてしまったらしい。予備のメタルフレームのものをかけているせいで、普段より表情に鋭さが増しているように見える。

 鴻は真剣な眼差しで紙面を見つめる中沢の横顔を、ベッドに懐いたままで眺めていた。

 言葉をかわすわけでもなくただのんびりと、同じ空間で同じ時間を過ごしている。
 こんな瞬間が鴻は好きだった。

 鴻の視線を感じたのか、中沢が振り向いた。
 目が合うと、途端に表情がくずれて笑顔が広がる。
 かなりの上機嫌らしく、ベッドに近付いてくる足取りも軽い。

 中沢の笑顔につられて、鴻もまた自然に表情が緩む。
 そのせいなのかどうかは解らないが、ベッドの縁に腰掛けた中沢にいきなり唇を塞がれた。

 目覚めのキスにはしては少々濃厚過ぎると思いつつも、鴻は、逆らいもせずに目を閉じて悪戯な舌を迎え入れた。もともとは、こういう過剰なスキンシップの好きな男だったと、改めて思い出す。

 高校時代の中沢は、若さと好奇心も手伝ってか、"親友"の呼び名を免罪府に、人目もはばからずべたべたと張り付いてきたものだった。卒業と同時に手を伸ばす事が減っていったのは、年齢と共に落ち着きが出てきたからだと思っていたのだが、単に顔を合わせる機会が減ったことで鴻との心の距離を計りかね、うかつに手が出せなくなっていただけだったのかもしれない。

 昨夜存分に抱き合ったことで以前の間合いを取り戻したのか、今はなんの遠慮もなく張り付いてくる。とはいえ、いつまでもそこいらじゅうを撫で回し、なかなか離れようとしない中沢の様子に、さすがにうんざりしてきた鴻であった。

 摺り寄せられる頬の感触が、不快ではないだけに始末が悪い。
 このままでは昨夜の繰り返しになってしまいそうだった。

 求められれば応えるつもりの鴻ではあったが、いくらなんでも目が覚めるなりというのは遠慮したかった。黙って好きにさせておいたら、休みが終わるまでベッドから抜け出す事もできなくなりそうな、そんな予感さえしてくる。

「中沢、もう起きるから」

 のしかかる肩をやんわりと押し戻す。
 今ならまだ、それほど無理強いはしないはずだ。

「そうか? じゃ、シャワー浴びてこいよ。お前の分もメシとコーヒー、用意しといてやるから」

 時間はたっぷりあると思っているからだろう。名残り惜しそうにしながらも一応は解放してくれた。

 本当はもう少し、このままだらだらと寝そべっていたかったのだがと内心でぼやきつつしぶしぶと起き上がった鴻は、ベッドから降り立とうとして膝から崩れそうになった。前のめりになった身体を中沢の腕が支えてくれる。

「っと! 大丈夫か? ………なんなら抱いてってやるぞ?」
「断るっ」

 にやけた顔でのたまう中沢の申し出をきっぱり拒んだ鴻は、差し出されたバスローブをひったくりそそくさと着込むと、火照った頬を隠すように足早にバスルームへと向かって行った。

 鴻の抜け出したベッドを簡単に整えた中沢はキッチンに戻り、新しい豆を挽き始めた。ミルを回す音に鼻歌が混じる。フィルターをセットし終えると、頬の傷にそっと触れた。



 ―――『…お前は……特別……なんだ……』―――



 鴻のつぶやきと、すがるような眼差しがよみがえる。

「“特別”…か…」

 胸の奥から熱いものがこみあげてくるのを感じながら、ひとり静かに微笑む中沢であった。


 終

Copyright (c) 2009 Chika Akatuki All rights reserved.