九龍妖魔學園紀シリーズ

  熱  

 センパイからメールが来た。
 今夜もあの場所へ行くらしい。
 お手並み拝見といこうじゃないか。

 辿り着いたのはそこかしこから熱い蒸気だの溶岩だのが噴出してくる灼熱の地だった。
 しかももう一人の同行者はよりによって響だ。

「……俺はクーラーじゃないっすよ?」

 この人の強さは身をもって知っている。
 俺の拳をあっさりよけた。
 それはそれは涼しそうな顔で。

 今の俺の力はその程度だというのか?
 確かに俺の力を役立ててくれと言った。
 だからって…

(だからってこういう役立て方はないだろーがッ!)

 不満を込めて睨みつければ、屈託のない笑顔が目の前にあった。
 ちくしょう。なんでこの人はこんな顔で笑うんだッ!

「……まぁ、どうしてもって言うんなら、協力しますけど……」

 自分の中のプライドが音をたてて崩れていく。
 駄目だ。
 この笑顔には絶対勝てない。
 駄目すぎるぞ、俺。

 俺の後ろで響が小さく笑った。
 センパイの前で殴るわけにもいかないので、とりあえず睨んでおく。

「ッ! ……あ、ああん、熱いッ!」

 びびってあとずさった拍子に蒸気に触れたらしいが、その声はヤメロ。
 ……腰に響くから。

 センパイは慣れた手際で碑文を解読し、事も無げに仕掛けられた罠を解除していく。
 真剣な横顔はプロと呼ぶにふさわしい。

 扉を開けるとやたらと置物の多い部屋についた。
 狭い通路いっぱいにバケモノどもが現れた。

「な、なんか出てきましたよ……?」

 判ってるから、お前は黙れ。気が抜ける。

「あ……何でもないです、ごめんなさい」

 そんな響の頭をぽんぽんと撫でたあのヒトは、躊躇いもせずに部屋の奥へと突き進んだ。
 俺と響も慌てて後を追う。目の前にせまる異形のイキモノども。

「あ……」

(五葉ッ!?)

 響が囲まれた。やばい! 俺の位置からでは拳が届かない。
 センパイも障害物が多すぎて狙いを定めきれずにいる。

「あ……ぁぁ……い、いやぁああああああああああああッ!!!」
「うわっ!」

 キンッ! という高い音が鼓膜を直撃する。2度、3度――

 耳鳴りが治まった時にはバケモノどもの姿は消えていた。
 生き残ってるヤツも身動きがとれずに痺れている。
 センパイが剣をふりかざし止めをさした。


 ……俺は、何もしていない。何もできなかった。


 役立たずだった拳を握り締める。俺だって役に立ちたい!
 買い出しとか金魚の世話とかお茶汲みとかじゃなく、拳で役に立ちたい!

 その時センパイのHANTがノイズ混じりの交信を傍受した。

(来る!)

 俺は間に響を挟み込むようにしてセンパイと背中合わせに立った。

「夷澤。お前の出番だ、よろしくな!」

 背中合わせのまま、あのヒトは剣を構えた。
 足元にうずくまる響の様子を確かめただけで、俺を振り返ったりしない。

 センパイが、俺に、背中を預けてくれた。


(……殺ってやる)


 こいつら全員、俺のために死んでもらう。俺がセンパイに認めてもらうために。

「凍ッちまいな!」

 ダイヤモンドダストがきらめく中、一人、二人と倒れていく。
 ……ふっ。これでこそ俺だ。カッコイイぞ俺!

 響が驚いたように俺の拳から舞い散る氷のかけらを眺めている。
 ……喰うなよ、腹こわすから。

 目の前の連中をぶったおして振り返れば、センパイはとっくにノルマを果たして響に水なんか飲ませてやがる。

 ……って口移しかよ!
 「ごほうび」って何だソレ! 俺にもくれっ!!

「一旦戻ろう。響、おつかれさま。おかげで今夜は大漁だ、持ちきれないから上行くよ。立てる?」
「え、でもまだこの先も部屋あるんじゃ……」
「うん。とりあえずだよ。夷澤、お前はまだ平気だろ?」
「当然じゃないっすか! 最後までお供しますよ!」
「あ、あの……僕も……」
「あ、響は今日はもういいよ。今度はもう少し涼しいエリアに一緒に行こう」
「は、はい。あ、あの……今度はいつ……い、いえ! 何でもありません。ごめんなさい」

(……ッ! うわっ! センパイなんて瞳でソイツを見るんですかッ!)

「いくつか依頼が入ってきてるんだ。明日か明後日の夜、あけといてくれる?」
「はっハイッ!! 僕、がんばりますから!」

(こうやって皆懐柔されてるのか。学ばせてもらいますよ、センパイ)

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