ある午後の風景

午後の柔らかい日差しが入る窓辺のデスクで、
大きな溜息をひとつつくと、資料の一頁目を捲る。
大道寺になくてはならぬ人、溝口の席である。

溝口にとって、資料に目を通すのが嫌なくらい、気乗りしない一件なのである。

ありきたりだが、子供の行動が急に変わったといって、
両親が霊障だと決め付けて、相談にきているのだ。

学生のうちは、付き合う友人によって行動が変われば、考え方も変わる事が多々ある。
付き合う友人が変わったから、『それは、霊の仕業だ』と言われれば、
霊の方が迷惑極まりない。
霊が、そんな両親にとり付いてやりたいと考えても、文句は言えないはずだ。

依頼人は探偵まで雇って、自分の子供の行動を把握しようとし、
ご丁寧に、その資料を持参して依頼に来たのだ。
子供の部屋に盗聴器をしかけなければ、何をしているのか不安で仕方ない親の神経を、
溝口は疑いたくなる。まず、ひと昔前なら考えられない事だ。

自分の時は霊障などと、全く考えつかなかった。
思春期によくある変化だと思い、息子を放置していた。
溝口にとって、その選択は間違いであったわけだが、
始めから霊障と決め付ける親もどうかと思う。
そんなに、自分の子供が信用できないのだろうか?
信用できないような子供を育てた、自分たちの責任を何処へもっていくつもりなのだろうか?

自問自答を繰り返し、未だに答えが出ていない。
そして、答えが出てこない代わりに、余りにも無力だった頃の自分を思い出し、悲しくなるのだ。


それでも仕事と割りきり、溝口は探偵の纏めたと思われる資料の二頁目を捲る。
本人と向き合わなければ、事の真実もわからないが、
溝口としてはあまり携わりたくない一件なのだ。

鴻などが対応すれば、あまり表情に変化が見られないので、嫌だと思っても、
口で何とか言いくるめる事が出来る。
しかし、溝口は表情を取り繕わなければならなかった。

何でも無い依頼の時は良いが、『無茶な……』と思わせる内容や、
依頼人の神経を疑うような依頼の時が一番辛い。
語弊はあるが、まともな依頼ばかりなら誰でも上手く治められる。
だが、溝口ほど難題の依頼を上手く治められる人もいない。
今の大道寺にとって、必要不可欠な人材であるだ。

溝口も最初から上手く治めていたわけではない。
修行にしても、普通の人より才能はあったものの、
若い人に比べれば倍以上の努力があっての今である。
人格も修行に比例して成長したと思われる。
裏を返せば、『感情が率直でなくなった』ともいえるが……。

兎にも角にも、この類の依頼に対しては、鴻か溝口を通すことになっているのが、
事務所での暗黙の了解であった。

   「溝口さん。お茶入れましょうか?」
 
眉間に皺を寄せて資料と向き合う溝口に、吉川が問う。

 「じゃぁ、おねがいします」
 
溝口は息子より年少の吉川に、特に目をかけていた。
息子と言っても、生きていればの話しだが……。

だからこそ余計に、息子の姿とダブらせて吉川の世話をしてしまう。

 見える恐怖の為に、外界との繋がりを絶とうとした吉川と、
 霊に、体も心も乗っ取られた自分の息子。
 何も出来なかった自分と、何か力になれる自分。

知らず知らずのうちにも、溝口の体からは、『父親フェロモン』が出ていたのかもしれない。
それに安心して、吉川が懐いた可能性もある。

 「はい、どうぞ」

吉川はデスクに、抹茶色に渋の入った湯のみをそっと置く。

 「ありがとう」

やさしく微笑む溝口は、またもや『父親フェロモン』を垂れ流していた。

と、溝口は思いついたように、手もとの資料の第一頁を捲り直す。

 「吉川君。この依頼人の息子さんが、君と同い年なんだけど、一度話をしてはくれませんか?」

 「えっ?僕がですか」

 「ええ。本当に霊障なのか、ご両親の思い込みなのか、資料だけでは判断しかねますし、
  私のような年寄より、同年代の吉川君の方が警戒する事もないでしょうから」

溝口の言葉に、暫く俯き考えた吉川は、

 「僕なんかに、勤まるでしょうか?」

と不安そうに聞き返す。

 「君には霊障かどうかの区別もつくし、
  万一本当に霊障なら彼に会う寸前でも感じ取る事ができるでしょう。
  霊障でなければ、急に行動が変わった事に対しての動機でも、
  聞き出すことが出来れば上出来です。
  大人に言えない思いというのもあるのですから」

溝口は出来るだけ納得出来るように、ゆっくりと語り昆布茶を一口飲んだ。

外界を拒絶していた頃に比べれば、ずっと良くなった方だか、
生活していく為の自信を持てるように、吉川もリハビリをしなければならない。
知らない人や場所に対しての警戒心が、人並みになることを目指して。

 「溝口さんが、そう言うのでしたら……」

躊躇いつつも、吉川は了解する。

 「では、一人というのでは万一の時に備えられないので、富永君に同行してもらいましょう。
  少しずつ外界に馴れないと、また振りだしに戻るだけですよ。
  大丈夫です、富永君も一緒でしょ」

溝口に励まされ、それでも吉川の顔は、

 『富永さんより、溝口さんと一緒の方が安心だ』

という表情だ。

溝口から資料を手渡され、吉川は渋々お盆の上にそれを乗せ踵を返す。
明らかな霊障なら、吉川など恐怖で家の前から逃げ出すだろう。
反対に、なまじ能力を過信している者の方が、危険度は増す。
自分の手に負えるか負えないかの判断すら出来ずに、痛い目に遭い、
大道寺に泣きついてきた霊能者(自称かもしれない)が、実際にいるのだから。

判断ミスをしないというためにも、依頼は鴻か溝口のワンクッションがあり、
その能力に応じて割り振りされているのだ。
この一件の初手は、こうして片付いたのだ。

はふぅ、すっげー駄文を毎回すんません。
普段の溝口さんを書きたかったんです〜。
それに子供の姿を少しダブらせる依頼と…。
ああ、言い訳ばかりですわ。
書きつつ、書いて終わっても『こんなはずじゃ…』なんて思いつつ、
結局原稿送りつけてしまいました。
ほんまにすんませ〜ん。
ああっ、煎餅なげんといてぇ〜。

             秀一郎