眠らぬ夜の物語


後編

 ――“……繋がろうな?”――

 コウは“繋がろう”と言ってくれたのだ。
 しかも繋げた瞬間には“溶けそう”だと。

 コウが自分と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかった。

「へへっ」
「またそんな顔して……なんなんだよ?」
「だって……」
「ん?」
「俺、今、すっごく幸せ!」

 サキは、コウが先ほど思わず見惚れた花開くような笑顔で言った。

「〜〜〜〜〜ッ!」
「コウ?」
「いや……その……まただ」

 コウは繋がりを保ったままサキを抱き起こし、座位の姿勢をとった。
 コウの肩に手を置きバランスをとるサキを半ば強引に抱きしめる。

「うわっ! ちょっ……」
「すまん!」

 サキの首筋に顔を埋め、荒い呼吸を繰り返す。

(コウの顔……真っ赤だっ……た……?)

「もしかして……限界っぽい?」
「そうじゃない……それとは違う。けど……胸が……なんなんだ一体」

(……もしかして)

「ねぇ、コウ。今、どんな気持ち?」
「どんなって……」
「色々あるだろー? 嬉しいとか気持ちイイとかずーっとこのままでいたいとか」

 サキは“幸せ”と評した今の自分の気持ちを細かく分けて例として示した。

「あ、ああ…」
「どれ?」
「あ〜〜〜……――――――――――――――――――――――……全部だ」

 サキの肩に顎をのせたまま、コウは観念したようにぼそっと呟いた。

「よかった!」

 頭を抱きかかえるように頬擦りしてくるサキに、また胸の奥がむずがゆくなる。

「お、おい……あんまり動くなって」
「うん! もうちょっと、二人で“幸せ”噛み締めようねっ!」
「え……?」
「だってコウ、全部って言ったよ? それって“幸せ”って事だもん! 俺と一緒だ!」
「!」

(この感情が……“幸せ”……?)

 サキへの想い以外の感情を押し殺して生きてきたコウにとって、幸福感というのは最も縁遠い感情であった。世間一般に言われている“幸せ”の定義になど関心も無かったし、そもそも自分に“幸せ”になる資格があるなどとは思ってもいなかった。

 いきなりこれが“幸せ”なのだと指摘されてもぴんとこない。
 けれど今感じているこの気持ちは、サキと暮らし始めてから幾度となく感じていた。

 時に強く、時に優しく、自分を呼ぶサキの声と満面の笑みに連れられて訪れる感情。
 嬉しくて、愛しくて、なのにうっかりすると泣きたくなるような……。

「へへへっ……よかったぁ……」

 サキの声のトーンが今にも泣き出しそうなものに変わった。
 つられて鼻の奥がじんとする。
 この感情を“幸せ”と呼ぶのなら。

「コウ、大好き……」
「“大好き”止まりなのか? 俺は愛してるぞ?」

 サキの全身が一瞬硬直したようになり、触れ合う肌が体温の上昇を伝えてきた。
 繋がっている部分の締め付けがきつくなり、コウの背筋にも快感が走る。

「……そろそろいくか?」

(お前が俺の……“幸せ”だ。)

 サキからは、言葉の代わりに小さな頷きが返ってきた。

 繋がりが解けぬよう、ゆっくりと元の体勢に戻る。
 顔を見られたくないのか、サキの腕は、コウの首に絡みついたままだった。

 感触を確かめるように、先端ぎりぎりまで引き抜いては、根元まで一息に埋め込む。
 緩急をつけて繰り返される腰の動きに翻弄され、サキの腕がほどけた。

「顔みせろって」

 押し寄せる快感に身をよじりながらも、サキは顔にかざした腕をどけようとはしなかった。

「サキ」
「……って、俺、今、絶対変な顔……して……るっ……から……」

 駄々をこねる子供のようにいやいやをするサキに、コウは一計を案じた。
 腰を支えているだけだった手をサキの股間に伸ばし、放置されていたペニスを握る。
 いつものように愛撫を始めた手をサキの手が阻む。

「やッ! 嫌だ! 先に達かせないで! ……あ!」
「どこが変なんだ?」

 再び顔を隠そうとするサキの手をコウの言葉が思いとどまらせた。

「お前の顔見ながら達きたいんだよ」

 言葉を失くしたサキの顔が耳の先まで真っ赤になった。

「―――……ばか……」

 おとなしくなったサキに気を良くしたのか、コウの動きが激しくなった。

「ずっ……ずるいよ、コウ! こんな……のッ……はぅ!」
「お前だって……こんなにッ……ん……絡んで……はあ」
「あぅ! やッあ……そこ、ばっかり……あッ、あッ、ああんッ!」
「いい……締め具合だ……」
「だめぇ……っ……俺、俺、もう……っちゃう!」

 サキの声に応えるようにいっそう深く身体が折りたたまれ、コウの顔が間近にせまる。

「サキ」

 蕩けるような甘い声で名を呼ばれ、サキは夢中でしがみついた。

「コウ、コウッ! 一緒がいい! 一緒がいいよぉッ!」
「こんなにひとつなんだ。当たり前だろう?」
「……コウッ!」

 絶頂へのカウントダウンが始まる。
 ひと衝きごとに高まる期待と深まる快感。
 互いの名を呼ぶ声と荒い息遣いが、共に昇りつめていることを実感させた。

 触れ合う肌が溶けて混じり合うような感覚。
 やがて最も溶け合っている部分から、痺れるような快感が、荒波のように押し寄せてきた。

「あ! ああ! ああああ〜ッ!!」
「―――ッんんッ!!」

 世界が白く爆ぜる。
 いつもならひとり堕ちてゆくサキの意識を、繋ぎとめる温もりがあった。

(コウ……抱きしめてくれてる?)

「んっ!」

 繋がりを解かれる感触に意識が鮮明になってゆく。
 身体が伸ばされ、呼吸が楽になった。

「はふぅ〜〜〜っ!」
「……お前、その溜息はないだろうが」
「へ?」

 真横で聞こえた呆れ声に顔を向ければ、コウの笑顔とぶつかりそうになった。

「腹いっぱいメシ喰った時と一緒だぞ、それじゃ」
「え〜〜? あ、でもお腹一杯でシアワセってのは一緒かも」
「おい」
「へへっ」

 サキの満面の笑みを見ても、コウは今度は動じなかった。

「ったく――……ん」
「!」

 半身を起こし唇を塞ぐ。
 余裕たっぷりのキスは、サキの思考を停止させるのに充分な威力があった。

「ごち」
「え? え?」
「デザートだ、デザート」

 満面の笑みに心奪われたのは、今度はサキの方だった。






END


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