九龍妖魔學園紀シリーズ

  愛  

 校内の浮ついた空気に馴染めずに、俺は一人屋上へ向かった。
 2月14日。聖・バレンタインデー。
 製菓会社の思惑がまんまと当たったこのイベントは今や日本の年中行事のひとつとなっている。

「昨日までただの菓子だったもんが今日に限って媚薬に変わるなんざ、ありえねぇだろ」
「それって結局は気持ちの問題なんじゃないの?」

 茜色に染まりはじめた空を見上げてつぶやけば、在るはずの無い気配が隣に寄り添う。

「……なんでお前がここにいるんだよ」
「八千穂に呼ばれた。チョコ取りに来いって」

 ちゃっかりと天香学園の制服に身を包んだ九龍が空を見上げたままで答えた。

「貰ってきたのか」
「うん、大漁。雪山で遭難しても春まで生きてられそうだ」

 そう言って笑う横顔は、この学園にいた頃と変わらない。
 能天気で、無邪気で、逆らう気力の萎える、ある意味地上最強の笑顔。
 この笑顔で、こいつは数多くの級友達を闇の中から救い出した。

「しッかし、地球の裏側にいるかもしれない奴を呼び出すか普通?」
「それはホラ、なんたって”やっちー”だから」
「呼ばれて飛んでくるお前もお前だけどな」
「……やっちーのスマッシュ、怖いもん」
「……なるほど」

 ほんの一瞬の、間。
 俺にはそれが、別の理由を打ち消すためのものだったように思えた。
 九龍は今、俺の隣にいる。なのにその目は、一度も俺を見ようとはしなかった。

 あの事件の後。
 俺を殴りつけた九龍を、俺は《宝探し屋》として讃え、《宝探し屋》として見送った。
 何を言っても《愛》で答えていたこいつが、あの時だけは怒ったような顔をしていた。
 怒ったような顔で、泣き出しそうな瞳で、俺を殴った拳を握り締めたまま、去っていった。

 いつも俺の隣にいて、差し伸べてくれていたこいつの手を、俺が取ろうとしなかったから。
 最後には無理矢理掴もうとまでしてくれたその手すら、俺が振り切ってしまったから。

 あの時から、九龍は俺に、その手を差し伸べようとはしなくなった。
 自業自得だと思っていたから、隣に居てくれるだけで俺には充分すぎる程の救いだった。
 恨まれて当然の仕打ちをしたのだから、《愛》を囁いてもらえなくなっても仕方がないと思った。
 それでも《友》として隣に立つことが許されるのなら、俺はこいつを《友》として見送ろう。
 そう決めて、あの日、ここからこいつを送り出した。

 けれど離れて気がついた。
 こいつは俺に手を差し伸べるのをやめたんじゃない。
 差し伸べることが出来なくなったのだと。

 九龍は誰にでもその手を差し伸べていた。

 だが。

 誰かが九龍のために自分の手を差し伸べた事があっただろうか。
 皆、九龍の手を取り救われた。けれど九龍自身はどうだった?
 友の魂を救うために、その友と戦い、傷つけなければならなかったこいつの魂は?

 本当は、一番誰かの手を必要としていたのは、こいつだったんじゃないのか?
 救われない自分の代わりに誰かを救って、自分を保とうとしていたんじゃないのか?

 傷つけられる前に傷ついてしまえ、汚される前に汚れてしまえ。

 そう思いながら、望まれるままに自分を差し出して。

 古い傷を、新しい傷で抉って消しながら、それでもいつか自分だけの《秘宝》を得る日を夢見てこいつはここにやってきたんじゃないのか?

 そんな奴が、ありったけの想いを込めて自分から掴もうとしたその手を振り払われてしまったなら、きっともう、二度と自分からは動けない。

 別れの日、最後に見せたあいつの涙が、俺にそう思わせた。

「もう、用事は全部済んだのか?」
「……うん。屋上(ココ)に来る前に、みんなの顔、見てきたから」
「すぐ、発つのか?」
「そ…だね。」


 ――”秘宝は、探されるのを待ってるんだ。”――


 そう教えてくれたのは、お前だった。
 それは多分、お前自身のことでもあったんだろうと、今なら判る。

 だから。

「何だよ。俺に会いに来てくれたんじゃないのか。九ちゃん?」
「え、ええっ!?」
「八千穂の呼び出しなんて単なる口実で、実は、俺に会えるのが嬉しくて飛んできたんだろ。ん?」
「そそそそそれはッ! ……けど……でも…」

 今度は俺がこの手を差し出そう。まどろみの世界から1歩を踏み出して。
 言葉にする事も諦めて、待つことしか出来なくなってしまった《秘宝(お前)》のために。
 そして、お前の手をすり抜けたはずの《秘宝(俺)》が今、お前と共にあることを伝えるために。

「ま、ゆっくりしてけよ。な?」

 後ろから抱き寄せて、耳元で《愛》を囁こう。

 俺の腕の中で、ようやく九龍の目が俺を見た。
 泣きながら笑うという器用な表情で、小さく呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。

「…Get… treasure…?」

 頷いた俺の次の言葉は、バレンタインだと言うのに、やけにしょっぱいキスに飲まれて消えた。

(今夜も、長い夜になりそうだな)



END




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もうねー、EDといい、その後のシナリオ本のエピローグといい、
ずーっとずー―っとずー―――――っと納得いかなかったんですよ!
皆守ってば、自分の事ばっかで九龍の気持ちなんてアウトオブ眼中なんですもの!
殴られてもまだ、自分が悪いんだって気持ちのほうが強くて、
九龍がどんな思いで殴ったかなんて実はあんまり判ってなかったのよ、このお馬鹿はっっ!!

うちの九龍君は最後まで《愛》を叫び続けてました。
すべてが終わるまで、皆守の前で涙を見せた事はありません。
シナリオ本のエピローグで初めて怒って、泣きました。
”九ちゃん”ではなく”《宝探し屋》”として扱われたことで。

いつも笑顔で側に居た九龍の、最初で最後の涙を目にして
ようやく九龍の心情に想いを馳せる馬鹿アロマ。

反省して愛に生きろ! の願いを込めて書きました。
愛に生きる皆守は九龍にべたべた張り付いてて隙あらば押し倒すぐらいの勢いでいるといい。
ちゃんと卒業しろよ! そうすりゃ九龍がスイートホーム用意して待っててくれるはずだから(笑)
(うちの九龍君はクエスト成金のお金持ちv)

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